熱の条件 | ナノ






籠原嗣彦が目を瞑る?
桜介のプライベートを尊重?
それなら、どうして秋吉先輩と岡部という生徒は制裁を受けた?
更に、浅田鴻一の勘の良さだ。
頭の中でちゃんと順序だてていたのだろう、桜介のスムーズで分かり易い内容に、アキラは戸惑うしかない。
嗣彦がそんなことを言っていただなんて…

「少し、整理をさせてくれないか…籠原先輩は、桜が誰とどう交友、交際しようがその現場を籠原先輩本人が目の当たりにしない限りは、黙っていると言うことだよね?」
「はい、そうなります」
「そして、今回は特別に目を瞑ると…それなら、"前回"と"前々回"は?」

そちらは制裁を受けているではないか。

「そこまでは訊けませんでした。ルール違反と言われて」
「ルール違反か…まあ、そうなるだろうね」

本来ならアキラとの交際は白河鷹臣に報告されるものだが、それを見逃す代わりに、何も訊くなということだろう。
そして、嗣彦が二人の関係を知らなかったということは、おそらく鴻一もまだそこまでは嗅ぎ付けてはいないと期待していい。

『籠原嗣彦と浅田鴻一のことは、やっぱしっかり調べた方がいいのか…』

だが、嗣彦に関しては調べる内容が少し変わってくる。アキラは主に嗣彦が不利になるようなものを探し出せたらいいと思っていたのだが、そういうものよりも彼自身の性格や、彼が関わったとされる制裁と親衛隊のことに力を入れるべきだ。

少なくとも桜介の味方でいてくれているようだし、そこまで警戒はしなくていいと思う。
鴻一だけは、注意しなくては…

「あ、あと、中野島くんなんですが…あの後寮に戻って来なかったんです。でも、今朝帰ってきて、すぐに謝ってくれました。そして、その…好きだって言われたのですが、そこはちゃんと断って…」
「それはそうだよね」
「はい、本人もそこは解っていたみたいです。でも、すごくビックリしました。好かれていたなんて思ってませんでした」

鈍いなあ、でもそこが桜介の魅力だ。
言いたいことはあるのだが、それをぐっと堪えてアキラは桜介の肩をきつく抱くだけに止める。こめかみにキスをし、柔らかい髪の毛に頬擦りをして満足させた。

それよりも、アキラは桜介に言わなければならないことがあるから。

「桜、昨日のことなんだけれど…俺が倒れたのはさ、」

本当はなるべく、隠しておきたかった。恵桜介の理想の三島アキラを崩したくは無かった。
しかし、あんな失態を見せて隠し通せるわけがない。だってあんな姿は明らかに持病がある人間だ。迷惑をかけた以上、正直に話すべきである。
桜介は心配そうにアキラを見上げて、無言で頷く。小首を傾げながら目顔で大丈夫かと問われ、アキラは苦い顔をして口角を上げながら首を縦に振る。

「俺、暗い場所が駄目なんだよ。暗所恐怖症って聞いたことあるかな?それなんだ。子供の頃はそれで苦労したけれど、今は充分落ち着いてきたんだよ。暗い場所だとちゃんと理解していれば、取り乱すことはないんだ」
「え、暗い場所って…真っ暗ってことですか?」
「真っ暗闇もそうだけど、映画館とか、お化け屋敷の暗さも好きじゃないよ。小さい頃は駄目だった。今は平気だけど、それでも好きにはなれないかな」
「好きじゃないけれど、居られない程ではない、ということでしょうか?」
「そうだね。予めそういう所だと解っていたら大丈夫。でも、昨日の停電は突然だったから、落ち着くことなんて無理だったよ。駄目だった。恐くて恐くて、何も考えられなかったんだ」

ぶるっと手が震えた。思い出すと、冷や汗が浮かぶ。それに耐えるように拳を作り、息を一つ吐いた。

「だからいつも寝る時は電気をつけたままにしているし、桜とした時だって、消さなかっただろ?…それのせいなんだ」
「そうだったんですか…今はどうですか?苦しかったり、気持ち悪くなったりしていませんか?」

顔色を伺うように覗き込むその表情は不安と心配の色が入り交じり、何だかアキラよりも体調が悪く見えた。否定するようにその柔らかな頬を撫でて、ゆっくり首を横に振る。

「今は平気だよ。ちゃんと明るいからね。ごめんね、怖がらせたし、迷惑をかけた。ビックリしただろう?もう、ああならないように気を付けるよ。
…はあ、桜にはなるべく秘密にしていたかったんだ。…みっともない姿を見せたくなかったな」

もう平気だと言うようにははは、と空笑いをすると、桜介は悲しそうに俯き、アキラの胸に額を擦り付ける。ふわりと舞う髪の毛が寂しそうに流れ、桜介の目元を隠した。

「アキラくんが、そういう弱さを僕に見せたくなかったのは、僕がずっと黙っているからなんでしょうね…」
「え?」

発せられた言葉はひやりとしていて、アキラの胸を冷たくする。桜介がずっと黙っているから?

違う。アキラがただ一方的に隠しているだけだ。桜介は関係ない。