熱の条件 | ナノ






本当は家のことや生い立ちや、どんな生活をしているのか細かな部分まで調べたかったが、味方がいないアキラにはそこまで調べられる力はなくて、微々たる情報しか得られない。
その鬱憤が、原動力となってアキラをここまで行動させたのかもしれない。

『好きだ…桜が、何よりも大事なんだ』

たかが一目惚れ。
他人から見たら単純でどうしようもなく浅はかで、軽い切っ掛けに見られるだろうが、アキラからしたら「たかが」で片付けられない程に、人生や人格を狂わせた恋なのである。

好きだと実感する度に、目の奥が熱くなって痛くなる。
目頭をゆっくりと抑えると、その指は涙で濡れた。

酷いものだ。あんなではこんな気持ちにならなかったのだから。もし、彼女に対してこれ程までの強い恋心を抱いていたら、アキラは男なんて知らないままで済んだ。こんな面倒くさい学校に来なくても良かった。自分を偽ることなんてしなくても良かった。
ぬるま湯に浸かっている感覚で、あんなと楽しく過ごしていればいいのだ。

でも、やはり彼女では駄目だったんだ。
どんなに綺麗なお城を建てても、美しい彗星が落ちてきてしまったら、お城は簡単に粉々になってしまう。
童話に出てくるような美しくて偉大なお城は、美しくて偉大なだけで、彗星を撥ね飛ばす力なんてものはない。

あんなは力が無かっただけだ。
恵桜介が強かっただけだ。

『だって、俺は桜がいないと、もうダメなんだ…』

鼻の横を拭う。再び指が濡れた。
情けない。
何だか物凄く悲しい。

桜介を思うと切なくて悲しくなる。
アキラは少しの間だけ、静かに涙を流した。

***

おにぎりを食べ終え、お言葉に甘えてシャワーと歯ブラシを借りた。髭は剃りたかったが、流石に他人が使っている剃刀は遠慮した。ストックも見当たらないし、素直に諦める。
成人した男性と比べてまだ薄いとはいえ、無精髭のまま一日を過ごすのは久しぶりで、違和感を覚える。

とにかく早く桜介に会いたい。会ってどうなっているのか聞きたい。彼は大丈夫なのだろうか。自分はどうなるのだろうか…

スマートフォンを見ると、鐐平と西山、橋本からラインが入っていた。読んでみると自分を心配する内容のみで、桜介の変化については何も触れていない。と言うことは、桜介は無事に過ごしているということかもしれない。

「恵、フツーに学校来てるけど、三島は大丈夫なのかよ?あの後なにあったんだんだよ。何かあったのか?」と、いう内容が橋本。
「気にはなるが、恋人である恵くんが平静に授業を受けている。ということは、ミッキーには少なくとも害はないということでいいだろうか?橋本くんが心配している。恵くん本人に接触して訊こうとしているのを僕と加藤くんで止めるのには苦労した」と、嫌味を残すのは鐐平。
「大丈夫?」「何も反応ないけど何かあったの?」「貫地谷くんからは大丈夫って連絡きたんだけど、大丈夫だったら返信して」これは西山だ。
優先すべきは西山だろう。「どうなっているのか分からないが、今のところ大丈夫だ」というのをこれでもかと丁寧に返信した。

丁度その時、桜介が帰宅した。今か今かと待っていたのに、返信文を考えていたらあっという間に時間が過ぎていたのだ。
驚きながらも、少しの緊張が背筋を走り抜ける。

「ごめんなさい!アキラくんを置いて学校に行ってしまって…体調はどうですか?大丈夫ですか?」
「ああ、うん。体調はもう平気だよ。心配かけてごめんね。…おかえり?」
「はい、ただいまです」

ガチャガチャと忙しなくドアを開けて急いで帰宅してきた桜介は、額に汗を作りながら優しく微笑み、鞄を置いてアキラに抱き付いてくる。
だからアキラは両手を広げてそれを受け止め、しっかりと抱き締め返した。
だが、何があったのか解らない状態でのハグは、やはりしっくりとしない。

自分だけ置いて行かれている気分だ。

「アキラくん、あの後何があったのかちゃんとお話します。遅くなってごめんなさい。不安でしたよね、ほんとう、ごめんなさい。今日は学校に行かずずっと傍に居たかったのですが、籠原先輩に学校だけはちゃんと行くように言われてしまったので……はあ、気が気じゃなかったです」

やはり嗣彦にはバレてしまっていたらしい。

「ん、いいよ。大丈夫。桜は昨日から謝りっぱなしじゃないか。もうそんなに謝らないでくれ。俺は気にしないからね。おにぎり、ご馳走様」

申し訳なさそうに俯く彼の額にキスをすると、髭があたるのか、擽ったそうにはにかんで見せる。
そして、アキラを締め付けるようにぎゅっと背中に回している腕に力を入れると「こっちで話しましょう」と、桜介の部屋へと誘導された。


桜介のベッドに寄り添うように座り、彼の口から語られた話に、アキラは始終驚くしかない。