熱の条件 | ナノ






中野島直人は目を開かせた。
喉の乾きを覚え、眠っていた意識を起こしたのだ。

暗い室内に自分は寝ていた。
暗くてあまり見えないが、木目調の天井が見える。寮ではない。街灯の光だろうか、筋のような光がカーテンから透けて侵入しているおかげで、部屋は真っ暗ではない。何があるのかくらいはほんのりと判る。
知らない匂いに、知らない布団の柔らかさを感じた。何だか着ているものが汗を吸っていて重い。

「ん…」

寝返りをうつと、床に置かれた自分の伊達眼鏡と、ミッキーマウスのぬいぐるみが見えた。
よく見ると、布団カバーもディズニーキャラクターの模様だ。

『ああ、そっか。知らない人ん家に居るのか…僕は、倒れたんだっけ…』

確か、体が熱くなってふらふらとし、そのまま倒れたはず。
そう言えば、その前からちょっとおかしかった。興奮していたとは言え、桜介を襲った時から体はやたらと熱くて、汗が煩わしかった。
もしかしたらその時から熱はあったのかもしれない。そんな中、雨に打たれたのだから余計…

『はあ、恵くん…』

桜介を思い出すと、胸が苦しい。
彼は今頃どうしているのだろう。まだ泣いているかもしれない。嗣彦に事情を聞かれているかもしれない。
そしたら、直人はもう大和には居られない。悲しいけれど仕方ない。自分が悪いのだから。

「………」


直人は目を擦り、ゆっくりと起き上がって部屋を見渡した。開けられていないダンボール箱に、ディズニーの壁掛け時計。時刻は零時を回っている。
そして、ローテーブルには突っ伏して眠っているあの美しい男が。

『そういえば、名前聞いてない』

起こしていいものだろうか。布団は?ああ、彼の布団を自分が使ってしまっているのか。

取り敢えず喉を潤わせたい。水が飲みたい。
布団から這い出て、ダイニングの方へ行こうとした時、男が目を覚ました。

「………あ、起きたんだね」
「はい…」

男は目を擦り、今何時〜と言いながら首を捻っている。時間を確認すると、驚いたように目を見開き、だから腕痺れてるんだ、と苦笑した。

直人はどうしたらいいのか分からず、取り敢えず男の向かい側に座る。そして頭を軽く下げ、礼とも謝罪とも取れる挨拶を。

「あの、何かずっと寝ててすんません、助かりました…」
「いいよぉ。熱下がったかな?食欲ある?さっきお粥作ったんだけど食べな?」
「あ、じゃあ、いただきます…あの、水もらっていいっすか?」

男は人好きするようににこりと笑うと、電気をつけてキッチンの方へと向かう。と言っても、狭い部屋なのでキッチンなんてすぐそこだ。コップ一杯の水をすぐ持ってきてもらい、一気に飲み干した。喉がすっと潤い、幾分話しやすくなった気がする。

華奢な背中をこちらに向け、男は鍋をあたためている。細いから長身に見えたが、改めてちゃんと見ると、意外に小さい。直人より小さいから、170センチくらいだろうか。

『頭ちっさくて脚長いから長身に見えたのか。へえ、僕と同じタイプだ』

なんてぼんやりと観察していると、男は穏やかに話始めた。

「倒れてすぐにね、停電があったんだよ」
「あ、そうなんすか」
「うん。だからね、救急車呼ぼうかと思ったんだけど、停電だから危ないでしょ?ここ、山だから街灯ないとホンット暗いし。だからお布団に寝かせたんだー。あっ、そうだ」

停電があったのか。そんなの全然気付かなかった。確かに雷が凄かったから何処かに落ちてしまったのも頷ける。昨年も落雷で停電が起きたな、なんてぼんやり考えていると、男が直人のそばまで来て膝をついた。

「え、あの、」

そして、直人の前髪を上げると、自身の額を付けてくる。端整な顔が近付くと同時に、薔薇の花のような香りが漂い、思わずドキッとしてしまう。体温が少し上がったきがした。気のせいだが。

「あ、良かった。さっきより熱くないよぉ」
「あ、あ、はい」
「体温計ないからホントに下がったのかは判らないんだけどね」

解熱剤はあるんだよ。
そう言いながら棚から錠剤を出し、テーブルにそっと置く男。細い指先が美しいと思った。
すぐに鍋に向かい、お玉を回す。細い指を追うように視線がそちらに向いてしまう。