熱の条件 | ナノ






「いけんだろ。一回やりゃあ体が思い出すぜ」
《そうでしょうか?》
「チャリと一緒だって」
《でも結構頭使います》
「だからメグに合うんだろ?サッカーとかバスケより全然やりやすいんじゃね?」
《まあ、球技に比べてマイペースに出来るので、それはいいですね》
「だろ?あ、でもメグはすぐへばるよなー。ちょっと上がっただけで「もう無理です」って泣くだろ」
《泣いてませんよ。ただ、すごくしんどいんです》
「スタミナねぇんだよ。マラソンすっか?」
《絶対嫌です》
「はははは!仕方ねぇな」
《僕は本が読めればいいんですから》
「最近はどの作家の読んでんだよ?」

言いながら体を少し揺すると湯がちゃぷちゃぷと波を作った。その音が聞こえたのだろう、風呂にいるのかという問いが返ってきた。

「うん、そう。さっき帰ってきた。ゼミの飲み会だったからな」
《お酒飲んだんですか?》
「飲まねーよ。俺は車だ。教授も来てさ、結構いい話して…」
《それ以前に未成年ですよ》
「は?メグは相変わらずかてぇな。十代後半で飲まない野郎なんかいねぇだろ」
《僕は飲みません》
「メグは飲まなくていいんだよ。その綺麗な体を維持すんだから。今日もちゃんとケアしたか?」
《毎日してますよ。籠原先輩のチェックが煩いですし。……ちゃんと全部してます》

その時、普段は聞くことのない声が微かだが鷹臣の耳に届いた。
「煩いってなにさ」
そんな声だった気がする。しかも、少し高くて険のある感じ。これは、

『嗣彦か?』

鷹臣の幼馴染みだ。
何故嗣彦が?普段、桜介と電話するときは常に桜介は自室にいるため、嗣彦は近くにいない場合が多い。
それにこの時間だし、普通はベッドに入ってまどろんでいるだろう。十二時には眠りにつくように言ってあるし、桜介のことだからちゃんと守っているはずだ。何で嗣彦と一緒に?

しかし、その声はとても小さくて、本当に「煩いってなにさ」と言ったのかもはっきりと判らない上に、桜介に話題をそらされてしまった。

《ところで、今週末って、本当に今週ですか?今日水曜日ですよ》
「だからそうだって言っただろ。二十一日の土曜朝一にホテル着くよう向かうぜ」
《あの、期末テストが…》
「期末ゥ?期末なんて七月じゃねぇか」
《だから、テスト対策の勉強をしておかないと…》
「メグは別に遊んでても点数取れる奴だろ。ずっとそうだったじゃねぇかよ」
《でも、今年は何だか難しくて…》
「ふぅん……」

歯切れが悪い。
いや、その話し方は常にそうなのだが、いつもはもっとすぱっと言ってくる。鷹臣が何度もキレそうになるくらい「嫌です」なんて言いやがる。
それがここ最近の桜介だ。うじうじしていない強気な彼だ。結構ムカつくが、惚れた弱みか鷹臣は毎回強くは言えずにちょっとイジワルを言って終わらせてしまう。
以前電話越しに泣かせた時も、前回の電話でムカついたからそのお返しだった。
もう、あれはしたくはないが…

『なんか隠してんのか?』

愛しい人の態度が妙に気になった。どう変なのかはまだ確証がないが、変だ。
桜介に関する報告には何もやましいものは無い。報告書が嘘なのだろうか……?
それはない。少なからず四天王の中でも浅田鴻一は桜介に何かあったらすぐに鷹臣に報告してくる。だが、今のところそれはないので何もないということか。

「…じゃあいいわ。映画観たらホテル戻って勉強すりゃいい。解んなかったら教えてやれるから。デカい図書館でもいいぜ」
《…はい、それなら、それで》
「決まったな。勉強道具だけ持って来いよ。服は俺が買ってきてやる」
《はい》
「メグ、」
《何ですか?》
「愛してる」
《………はい》
「好きだぜ。これ以上ないくらいにな。俺はメグの為なら家だって捨てる覚悟だぜ?」
《…困ります》
「知ってるっつの。メグが困っても俺は変わんねぇから。じゃ、おやすみ」
《…おやすみなさい》

鷹臣は電話を切るとすぐに鴻一へとメールを飛ばした。