熱の条件 | ナノ






「俺、その時恵くんと同じクラスだったから知ってるよ!常に上級生が恵くん呼び出してて、白河先輩が呼び出された恵くんを助けに言ってる感じだったよ」

小松山の言葉に、西山はうんうんと頷いた。

「だからその頃はカオスだったよ。西條先輩派は恵くんを恨んだし、恵くん派は恵くんに同情したし同時に、白河先輩や西條先輩を恨んだし、白河先輩派は「あの鷹臣様が捨てたんだから西條先輩に問題があったはず」って、西條先輩を非難。そういうのに興味ない第三者の奴らは「何か無理矢理付き合わされてる恵くんが可哀想」って思ってた感じ。実際、恵くんは迷惑してただろうし、ずっと暗かった。
多分みんな、その時は二人がちゃんと交際してるとは思って無かったんじゃないかなー。
そして、何だかんだで抗争は落ち着いてきて、西條先輩が卒業して平和な日々が続いたその後…恵くんが中三の頃ね。恵くん、白河先輩にデレ始めたんだ」
「…デレ始めた、というと?」
「えっと…なんて言うのかな。こう、ベッタリなんだよね。ううん、それまでも白河先輩にベッタリくっつけられていたけれど、何と言うか…」
「恵くんから白河先輩にくっついて行く感じやったなぁ」
「白河先輩を拒まなくなったように見えたよね!」

日藤と小松山が補足する。

「そうそれ。そんな感じね。先輩に甘えるように、腕に絡み付いたり、休み時間になった途端、急いで高等部の校舎まで行って、丁度中等部校舎に向かって来た先輩と中間地点で会ったり、先輩が居ないと静かに泣いたり、とか…」
「え、それは本当なんですか?」
「ほんまほんま。まあ、表情は相変わらず暗いし、おとなしーい子やったから、デレとるわーって最初は気付かん奴多かったと思うけど、僕ら鷹めぐ派の人間はすぐ気付いたで。んで、いち早くなんやとー!って騒いどった」
「そうそう!デレてるって気付いてから、じゃあ今までは違ったのか!ってびっくりしたし」
「………」

絶句した。
絶句するしかない。
どういうことだ。なんだそれは。桜介が鷹臣を求めているみたいじゃないか。鷹臣が居ないと泣く?そこは泣くのではなく喜ぶのではないのか?
意味が解らない。
アキラの中の桜介に影がさす。
じわじわと墨のように黒いそれが桜介の足から上がっていき、彼の体を真っ黒に染めていく気がした。それなのに、桜介は逃げず、されるがままに棒立ちになり、微笑んでいる。
こちらを向いたまま、動こうともせず、驚いているアキラを見て不思議そうに首を傾げた。

「っ…!」

そんな桜介の幻覚を吹き飛ばすように、アキラはもう一度珈琲を飲むが、すっきりはしない。嫌な濁りが残る。

「ほんまおとなしい静かな子やったから、基本は変わってへんかったなー。でも、ちょっとヤンデレ?になっとったね」
「そうそうヤンデレ。先輩に依存しまくってる感じ。よく、白河先輩の部屋で浅田とか籠原とか集まってたみたいだったけど、その時期は集まらなかったみたい。部屋にいる時は二人っきりになりたかったみたいで、休みの日もあんまり出掛けずに二人で部屋で過ごしてたらしいの」


アキラは、自分の指先が震えているのを感じ、ぎゅっと握って拳を作った。動揺を隠せないのだ。
あの桜介が…
泣きながら、初恋はアキラだと告白してくれた桜介が…鷹臣とそんな…
今、自分を好いているなら過去はどうでもいい。と思ってはいたが、いざ聞いてしまうと結構ショックだ。
体を真っ黒に染められた桜介がアキラに微笑み掛け「どうしたの?」と労りの言葉を飛ばしてくる。
どうしたのじゃないよ。君は100パーセント真っさらでなくてはならないんだ。少しでも、自分から離れていくような疑惑があってはならないんだよ。
体中に張り付いたその黒いものは、あってはならないんだ。
そんなものはすぐに払い落として、いつものように美しい姿でなくては…

呼吸が止まりそうになった。

それを察して、日藤と西山に謝られたが、彼らが悪いわけではない。
大丈夫だと片手を上げて断り、一度席を離れてキッチンで冷たい水を飲む。冷えたそれは体をクリーンにしてくれる感じがした。
でもそれは一瞬のことで、胸の中の不安とむかつきは拭えない。
それほど、アキラは桜介が好きだと言うことだ。
過去の話に不安になり、こんなに動揺してしまうくらい、アキラには桜介が必要であり、大きな存在となっている。

桜介に一目惚れをしたのが七月。そして今は六月。
そろそろ一年になる。この一年、全て桜介の為に時間を使ってきた。濃密過ぎて、始めの半年は恐ろしく短く感じる程だ。
がむしゃらに動いていた気がする。

不自然ではない転校を考えるのに苦労したが、祖母が逝ってくれたおかげでいい理由付けが出来て感謝している。両親が離婚した時、父は精神的にかなりまいっていたらしい。
それはそうだ。親権を父親が得ることは普通難しい。経済力は母方の両親も十分あったから余計だ。父は相当頑張ったはずである。
それなのに祖母は実の息子の父を支える事はせず、「あんな女を選んだお前が悪い。だから反対したじゃないか」と散々詰った。暴言ばかりで、慰めの言葉は一切ない。そして母に似ているパーツを見つけては、意地悪く自分を抓ってきたりもした。