熱の条件 | ナノ






だから祖母は大嫌いだったのだ。
父から容態が悪化したとの連絡を聞いた時は、笑顔を見せないよう必死だったと思う。そしてこれはチャンスだと信じ、祖母の存在を使わせてもらった。
周りにはおばあちゃん子ないい孫を演じ、まともに喋れなくなった祖母の前では、ひたすら「早く逝ってくれよ」と穏やかに話しかけていた。学校であった出来事を祖母に報告する孫のように、心穏やかに死の催促を続けていたと思う。
だって貴女がちゃんと死んでくれなくちゃ、祖母に心を入れ替えるように言われて更生した青年というエピソードが、嘘だとバレてしまうじゃないか−−−

「………」

何かヒヤリとしたものが、背筋を降りていったが、アキラは気付かぬふりをした。
そんなのはもう関係のないことなのだから。

あれだけ好きだった彼女をとても仲良かった親友に譲ることに、何の罪悪感もなければ、抵抗もないことに自分でも驚いた。
さっさと乗り換えてくれて助かった。残飯処理宜しく。なんて飄々としていたものだ。親友も、彼女ももうアキラには必要なくて、欲しいのは桜介ただ一人なのだ。

いくらでも非道になれる。非道徳的になれる。人間なんてどうとでも変われるのだ。
桜介がいるなら…

「大丈夫か?」
「……あ、ああ」

鐐平にそう声をかけられ、アキラは頷き、部屋に戻る。
心配そうにする面々に、大丈夫だと笑顔を向けた。

「気分悪いかもしれないけど、続けるね。
二年間、ブルー恵を見てきたみんなは、デレ恵を見て「これで二人はちゃんと両想いになった」って思ったんじゃない?俺だってそう思ったし、小松山くんも祐三だってそうだった。ヤンデレ気味なくらい、白河先輩にベッタリな恵くんって結構萌えるのね。西條先輩もいなくなったし、火がついたみたいに鷹めぐが流行ったの。みんな二人の交際を応援してたかも。見目麗しいしね。王様とお姫様って感じが周りを萌させてたね。
でもそれは、恵くんが高一になって少し経ってから変わった。またブルー恵に戻ったの」
「それは、何故だか分かりますか?」
「全然分かんない」西山は大袈裟に手で空を払い、一つ息を吐く。「憶測は飛んでたけどね。「喧嘩して白河先輩が嫌われた」「先輩が今年で卒業だから恵くんはナーバスになっているだけ」「倦怠期なんじゃないか」とか、どれも本人に訊いたわけじゃないし、結局は噂のままだよ。えーっと加藤くん?が、見た、如何にもイジメられてそうな恵くんになっちゃったわけね。そして最終的に、白河先輩が裏校則を作った、と」
「ミッキー、前に僕は君に言ったと思うのだが、」

西山がそこまで話すと、今度は鐐平が口を開く。

「以前、君は「恵桜介は白河鷹臣と付き合っては居なかった」と、僕に話してきた時があっただろう?同時に交際を僕に報告してきた日だ。白鳥とも会った日だよ。覚えているか?」
「勿論、覚えているよ」
「その時、僕は「恵くんのそれは、君の前で清純可憐でいたいが為についた嘘だとしたら?」なんて訊いたはずだ。なぜなら、西山先輩が説明していた所謂デレている時の恵くんを知っているからだよ。そして、二人の交際は続いているものだと思っていた。だからあの時、僕は君にこう訊いてみたんだ」

こめかみから、冷たい汗が流れ落ちていく。
そうだとすると、桜介はアキラに嘘をついていると言うことだろうか。もしかしたら、鷹臣と桜介の交際は今も続いている、ということか…
強制ではない、ちゃんとした恋愛で…
自分はただの浮気相手なのだろうか。確かに、堂々と会えない。今はもうたまにしか一緒に過ごせない。鷹臣とは堂々と会えるだろうし、二人でいても皆にはおかしく映らない。
自分は体のいい浮気相手…

視界がぐらりと揺れる。このまま倒れてしまいそうだ。嗚呼、黒く染まっている桜介が、自分を見下ろしているのが見える…

そんなアキラを、一年生の南沢康介が救った。

「ええ?じゃあ、最初の二年間はなんなんですかぁ?桜介先輩は、最初の頃は鷹臣先輩に無理矢理一緒にいさせられてたんですよねぇ?しかも二年間も。コースケならすぐに先生に訴えるか、学校変えるかしますよー。それをしなかったって、やっぱり弱み握られてたんじゃないですか?」

男にしては高く可愛らしい声で自身をコースケと言う南沢は、おかしいですよ、と眉間にシワを寄せて訴える。
はっとした。
そうだ、そうなのだ。桜介は鷹臣に体の関係を持たれていたとも言っていた。性的な暴行を受けていたということだ。それなのに学校から出て行かなかったということは、脅されているという事である。

南沢は続ける。

「中学三年生になって、鷹臣先輩の事をちゃんと好きになって、交際を続けてたとしましょう。そしたら、こんな裏校則作る意味ないんじゃないですかぁ。ちゃんとお互い好き合ってるんだから、ちょっとくらい桜介先輩が誰かと交流したって平気なはずです。浮気しないように、変な奴と友達になってたら排除しとけーなんて四天王の人には言うかもしれないけど、制裁するまで桜介先輩に人を近付けさせないのは、やっぱり付き合ってないからじゃないですかぁ?
そして、鷹臣先輩が居なくなった今も、桜介先輩がそれに従っているのは、やっぱり脅されているからじゃないんですかぁ?コースケはそうとしか思えません!脅されている桜介先輩が可哀想です!」

ふん!と荒く鼻息を漏らし、そう怒る南沢。

『そうだ…』