熱の条件 | ナノ






そんな会話を鷹臣としている時も、桜介は横にいて、静かに輝いていた。
同時に、直人の運命を大きく変えた瞬間である。

中高生向けのファッション誌に、読者モデルとして載ることになったのだ。まずはここからスタートさせてみろ、と鷹臣が編集長に直人を推薦してくれた。しかも中野島の名は直人が思っているよりも遥かに強かったようで、大した面接も通されず即、採用された。所謂コネである。

『コネで充分だ。そこから頑張ればいい』

使える人間と思わせて、夢を叶えたい。そして鷹臣の顔を立てたい。


少しでもいい。自分は特別な存在だと思われたい。ほんの少しでもいいからこちらを見てほしくて、憧れていたモデル業界の仕事を頑張ってきた。
まだ本当にやりたいことは出来てはいないが、直人なりに努力してきたのだ。
鷹臣から桜介を奪うつもりはない。鷹臣は、直人のセンスを見出し、この業界へと斡旋してくれた恩人だからだ。
お前なら大丈夫だと背中を押してくれたのが鷹臣だった。
そんな彼から恋人を奪うことはしない。ただ、認めてもらいたかった。

「見ろよメグ。直人が載ってるぜ」
「本当だ…恰好いいですね」
「でもまだ小せーな。もっとデカく載んねーのかよ」
「僕はお洋服のことは分かりませんが、中野島くんは中野島くんにしか出せない空気感があります。だから小さな写真でもとても目立つと思うんです」
「あー、そうだな。こいつにしか出せないジャンルって感じだもんな。こういうキャラって段々人気出るみたいだし、表紙飾んのも早そーだ」

二人のそんな会話を直人は一生忘れないだろう。恩人と片思いしている人が認めてくれたのだから。



『それなのに…』

桜介を泣かせてしまった。


小雨だった雨が、次第に強くなる。
逃げるように飛び出してきたせいで、傘なんて持っていない。気付くと、いつものジョギングコースを走っていた。
寮から駅までの道のり。古い家と新しい家が入り混じる住宅街は、誰も歩いてなくて、直人しかいない。
ポツポツと小さくアスファルトに模様を作っていた雨粒は、ボタボタと勢い良くなり、直人の髪の毛や服を濡らす。

桜介を泣かせてしまった。それだけはしたくなかったのに。

− ひどい!僕は中野島くんのことを友達だと思っていたのに!!

そんな悲痛な叫びが直人の心を締め付ける。せっかく、自分に心を開いてくれたのに、それを裏切ったのだから。
あんな、最悪な形で桜介を傷付け、涙を流させた。邪悪な本能を制御出来無かった自分が憎い。最低だ…

『恵くんの信頼を、僕は…僕は…』

セットされていた髪の毛が下がり、水滴を顔へと滴らせる。顔面にいく筋も川が出来、顎を伝って流れ落ちる。
視界がぼやけ、涙と雨が混ざり、滑り落ちていくのを冷めた気持ちで感じていた。

『最低だ…くそ…マジ最悪…』

体から力が抜けていく。寒くて動く気にもなれない。
電信柱によりかかるようにして、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。尻がぐっしょりと濡れた。

なんて謝ればいいのか…
どうやって償えばいいのか…
あの時の自分は何であんなことをしてしまったのか…

後悔ばかりが体中を駆け巡り、直人の心を冷たくしていく。
寒い。体ではなく、心の中から冷たい。
それなのに動けない。足も手も動かない。

「……」

その時、体を打つ雨が弱まった。容赦なく大粒を頭に打ち付けられていたのだが、その刺激がない。

顔を上げると、そこには傘を差し出す男のシルエットがあった。