熱の条件 | ナノ






風呂から出ると、暖かい紅茶が用意されていた。名前は分からないが、ディズニーキャラクターのマグカップの中に、なみなみと深い色のそれがそそがれている。
男が訊く。

「ミルクとお砂糖は要る?」
「いや、いいっす…」

直人は問い掛けに対し、それだけを伝えると軽く頭を下げてクッションに腰をおろす。温まっているカップを持ち、口を付けてほんの少しだけ啜った。


雨の中蹲っているところを、目の前にいるこの男に拾われた。

「大丈夫?風邪ひいちゃうよ。うちにおいで」

そんな感じで声をかけられた気がする。何も考えずに着いて行き、勧められるがままに風呂に入った。
脱衣所には袋に入ったままの新品の下着と、ロンTとスエットが用意されており、それを身につけて脱衣所から出たところだ。
1DKのよくあるマンション。引越したばかりなようで、ダンボール箱が目立つ。このカップもそうだが、壁掛け時計や、スリッパがディズニーのキャラクターグッズだ。おそらく彼女と同棲でもするのだろう。

何となく部屋を観察して、そんな事をぼんやりと考えたがやはり、脳の大半は桜介を締めていて直人の表情を暗くさせた。

「服、洗濯終わったらすぐに乾燥機に入れるからね」
「あ、すんません…」
「ううん、いいよぉ。君、高校生でしょ?高校生があんな所に居たら、普通助けるからさぁ」

いや、普通は男が雨の中蹲っていたら助けずに通報する。
随分と平和な人間に拾われたらしい。直人は濡れた髪をバスタオルでがしがしと拭きながら部屋の主を見た。

初めて気付く、自分を拾ったこの男は、やたらと美しい男であると。

「大丈夫?体調は悪くない?」
「…大丈夫っす」
「そう、良かった」

色が白く線が細い。表情が寂しげで未亡人のような魅力がある。
年齢は自分より上だろうが、年齢不詳。多分大学生くらいに見えるが、妙に落ち着いていて、もっと上にも見える。

そして、この男も同じだ。鷹臣の隣にいた、桜介のような笑顔を見せる。
また、胸に痛みが走った。

「すみません、服乾いたらすぐ帰るんで」
「でも、顔色が悪いよ?大丈夫?お父さんかお母さんに連絡して迎えにきてもらった方がいいよ?」
「お父さんって…あの、両親来れないんで、自分で帰ります。タクシー呼んでくれれば平気なんで」
「タクシーで帰るの?お金いる?」
「お金は……ああ、野村に連絡しとかないと…あの、電話してもいいっすか?」
「うん、いいけど…」

小銭しか持たずに出てきた事を思い出した。タクシーで帰るなら、野村に財布を持って門まで出てきてもらわなくてはならない。
知らない人に電話内容を聞かれるのが何だか嫌だな、と思い、直人は廊下へ出ようと立ち上がったが、

『え?』

足に力が入らず、立つ前にクッションへ尻餅をついてしまった。
手のひらにも力が入らない。頭は何だかグラグラする。

「えっと…」
「君、大丈夫?もしかして熱があるんじゃない?」
「熱?いや……」

頭に血液が一気に溜まった感じだ。重くてグラグラして、肘をついて額に手をやり頭を支える形にする。そうしなきゃ、倒れてしまいそうだ。

『やば…ホントに熱あるかも』

そんな自分を見て、男が頬や首筋に触れて熱を確かめてきた。仕事以外で他人に触れられるのが好きではないのに、抵抗出来ない。
嗚呼、本当に熱があるようだ。

『マジで…さいあく…』

徐々に視界が白くぼやけて行き、直人はそのまま倒れてしまった。