∴ 2 母はそう言うと、部屋を出ていった。 明らかに、母が困惑していたのが解った。 そして、煩わしく思っている事も理解した。 それから自分がどうしたのかはあまり覚えていない。無気力に過ごしていたように思う。 そんなある日、父親の部屋で、直人は父に幼子がされるように膝の上に乗せられ、抱き締められながら、ある学校のパンフレットを見せられたのだ。 「直人、遠くの学校に行ってみないか?そこは全寮制でとても自由な校風なんだ。直人にとても合うと思うよ。直人の好きな物に囲まれた生活が出来る。もう我慢はしなくていいんだよ」 家では婿養子に入った父の発言権は無い。それなのに、直人にそう言い、自由な校風の学校が乗っているパンフレットを、いくつも見せてくれた。 専門学校や、私服校の私立…沢山ある。可能性への広がりに純粋に感動した。 学校が決まると素早く手配された。直人の知らないところで苦労をしてくれたのだろう。 「お父様、ありがとうございます」 直人は父に丁寧に頭を下げ、大和を受験した。 そして、白河鷹臣に出会ったのである。 「へぇ、お前面白いセンスしてんな。名前は?」 「……」 「シカトすんじゃねーよ。名前は?」 「中野島直人です…」 「直人な……お前の服の趣味、嫌いじゃねぇな。顔もいいし、今日から俺のものになれよ」 「え…?」 入学してすぐ、好きなブランドの通販ページから、ネット通販で服を買った。 骸骨が色んなポーズをしている柄の七分袖の黒いトレーナーに、ダメージ加工のデニムシャツを中に着て、パンツは白いシンプルなもの。 どうやら直人のファッションセンスは奇抜なようで、奇異な目で見られていた。直人的には、好きなファッション雑誌に載っていたコーディネートを真似たのだが、同年代の男子には首を傾げられてばかりだったのだ。 「中野島くんの服って何処で売ってるの?やっぱり竹下通りとか?」 なんて質問をよく受けていた。その質問はいい意味でされているのではない事に気付いていたので、直人は言葉を濁すことしか出来無かった。 でも、この大男は褒めてくれている。直人のファッションセンスを認めてくれている。 直人の瞳に輝きが宿った。 そして、偉そうにふんぞり返る大和の王・白河鷹臣の横に居たのが、恵桜介だったのだ。 美しいものが好きな直人は、ギラギラと眩しいくらいに輝く鷹臣よりも、月の光のように慎ましくも神秘的に輝く桜介の方に、ぐっと惹かれたのである。 二人は、まるで正反対だ。砂漠を厳しく照り付ける太陽が鷹臣だとすると、オアシスの泉に映る月が桜介だろう。 神秘的で、美しく儚い。 彼の白い肌に一房、なめらかな髪がかかり、するりと肌の上を滑る様子や、レース刺繍のように繊細な長いまつ毛に縁どられた、複雑なプリズムを発するガラスのような瞳。 ひな鳥の柔らかい毛がそのまま乗り移ったかのような、優しい髪の隙間から見える項は、枯山水の小石よりも白く美しい。 直人の一目惚れだ。 笑ってしまうくらい、呆気なく恋に落ちた。 こんな美しい人間を見るのは初めてだ。それまではファッションにばかり意識がいっていたから、人形のように美しい人間が間近にいるなんて、思ってもみなかった。 まるで宝石みたいだ。 ダイヤモンドが月明かりに照らされて小さく輝いている。キラキラチカチカと瞬き、人々を魅了する。 そんな存在に見えて仕方がなかった。 恵桜介は特別だ。 同じ人間とは思えない。魂ごと吸い込まれてしまいそうな、恐ろしい美を持っている。 直人は純粋に感動した。 −しかし、桜介は既に王のもの。 常に鷹臣の隣に居て、鷹臣に守られている。誰も桜介には触れられない。会話も鷹臣を交えてしか出来なかった。クラスも一緒にならなかったから、食堂や鷹臣の部屋で集まる時くらいしか、会うことがない。 「直人、このモデル好きなのか?さっきから、ソイツが載ってるページばっか見てんじゃねぇの」 「ああ、僕、こういう世界好きなんで」 「ああ?このモデルは?」 「モデルもいいんですけど、どっちかっつーと服が好きなんです」 「じゃあお前、モデルになれよ」 「え?」 |