∴ 4 黎治郎は髪の毛は赤いし体もごついし、いかつくて武士なんて呼ばれるような男だが、中身は子供そのものなのだ。 純粋な空手バカというのだろうか、人間関係に関してはダメな奴で、まるで子供。黙っているからましだが、もし人並みに喋る奴だったら、今頃空気が読めずにイジメにでも遭っているかもしれない。 それくらい、人の気持ちに関して疎い。−素直だから注意したら謝るし、学習する分まともだが。 こういう恋愛ごとは特に疎くて、初恋もまだ経験していない。 鷹臣が何故桜介に執着していたのか意味が解っていなかったし、こうして直人の気持ちも理解出来ないのだろう。 子供のような純粋な「何で?」をこれでもかとぶつけてくる。 「ずっと好きだと、麻痺するのか?」 「…するんじゃないの?最初は「こういう所が好き」って、ハッキリとした理由があったけど、ずっと好きでいると、その人の好きな部分が増えてって、最初の理由おぼろげになってくって言うかさー」 「今は何で好きなんだ?」 「え?今?…今は真面目な所がいいなって思ってるよ。言われたことはきっちり守るし、花の世話だって、手を抜かないし。ああ、あとギャップもいいと思う。子供舌なのが面白いかな。天然だし」 それと、これは言わないが、向けられた笑顔がとても可愛かった。強ばって、緊張していた顔ばかりだったが、最近は笑顔も向けてくれる。 それがとても可愛くて…鷹臣に向けていたようなものとは違い、春の陽射しを受けて喜々として葉を伸ばす街路樹のように、生き生きとした美しいものなのだ。 彼のあんな笑顔は初めて見た気がする。 『あの笑顔が欲しい。独り占めしたい… ずっと我慢してきたんだし…四年間も…白河さんの横にいるのを見ながらさ…友情関係を築くくらいなら、いいじゃん…』 鷹臣の隣にいる時の桜介も美しかった。海に映る満月のように、静かで儚い笑みをする彼も、何処か怪しくて寂しげで心にくるものがあった。 でも、直人は今の桜介の方が好きだ。鷹臣から少しでも離れた彼の方が、断然美しい。生命を感じる。咲きたての水蓮のように力強い。 「よく解らない。変な理由で好きだ」 「うん、そんなもんだと思うよ。人にはよく解らない理由で好きになるんだよ。黎治郎はそう思える人がいないんでしょ?」 「ん。」 「そのうち解るようになるといいねー」 理解する日がくるのだろうか? 空手ばかりの空手バカにも、恋愛なんてあるのか…そう思いながら自分もウーロン茶を飲もうと立ち上がる。 こういうことを話したせいか、顔が凄く熱い。冷たい飲み物でも飲んで冷ましたくなった。 「嗣彦さんに会った」 愛用のマグカップに氷をこれでもかと入れ、かけるようにウーロン茶をそそぐ。すると、思い出したかのように黎治郎が口を開いたので、そちらを見る。 「へー、何処で?」 「さっき。学校」 「うん?……それだけ?」 色々な都市の建造物が、ポップなイラストで書かれた模様のマグカップは、ティファニー製。細い線とペールトーンのイラストが可愛い、女性向けデザインだ。男用ではないがファンからのプレゼントだし、結構気に入っているので大切に使っている。野村には「それが棚にあると女と同棲してるみたいで楽しいぜー」と、気持ち悪いことを言われた。 「DVD、届いた」 「DVD?……ああ、籠原さんに借りるやつね。八十年代に流行った海外ドラマなんだけどさ、DVD絶版してもうないんだよ。レンタルもシリーズの後半からしか置いてないし。丁度籠原さんの実家にあるって聞いたから貸してくれっつってたの」 「それ、届いて部屋にある。鍵開けておくから勝手に持ってけと、言っていた」 「了解。後で行くかな」 何故か黎治郎にマグカップをじっと見られている。やはり女性ものだとおかしいのか、と思い「変?」と訊ねると、「割りたい」なんて返答が来た。 やはり、このデザインのものを男が使っているとおかしいらしい。直人的には気に入っているのだが、こうも不評だと箪笥のこやしにでもするしかないようだ。 |