08.
『し、死ぬ…も、無理…』
オサムちゃんの声が脳裏で何度も繰り返されたのに、隣で死んだ魚の様な顔を見せられると全て掻き消された気がした。
「その顔何とか出来ひんのすか?見てるこっちが引きつるんやけど」
『そんな、事、言われても…ハアハア…5分間の、なわとびが、こんなにキツいなんて、思わ、なかった……』
例のなわとびメニュー、あの人の為だけに追加されたのに当人は今にも逝ってしまいそうで覇気も無い。
流石にこれはお世辞にも可愛いとは言えへんくて、彼氏という立場になった俺は失笑すら無かった。そこで嫌いとか、冷めたとまでは言わへんけどリアルに無いと思う。
『もうええでー5分間なわとび終わりや!』
『おおお終わった…!』
「ちゃんと跳んだ事には褒めたりますけど、今から歩いて帰れるんです?」
『………………』
「言うとくけど、おんぶとか無いで」
『ひ、ひかるー!そんな事言わずにね、お願い!アタシもう無理!一歩も動けない』
「ほな部室で寝泊まりすればええすわ」
『今日一緒に帰るって約束したのに…』
「無効でしょうね」
『光と、帰りたかったのに…』
「これからいつでも帰れますわ、どうせ初めて一緒に帰る訳ちゃうし」
『付き合った記念日、なのに…』
「…………………」
俺はやっぱり感化されて阿呆になったんやと思う。
『わーい、付き合った記念日に光におぶってもらって一緒に帰れるなんて夢みたーい!』
「俄然夢であって欲しかったすわ…」
わざとらしい、寧ろ馬鹿剥き出しの拗ね具合にシカトするつもりやった。せやけど結局あの人を背負ってる自分が気持ち悪くて恥ずかしい。こんなに羞恥心を掻き立てられたのは人生で初めてかもしれへん。
別におぶってやる事が嫌な訳やないけど何が嬉しくて、あの人の言う付き合った記念日にバテバテの死んだ魚を担いて帰らなあかんのか。唯一救いであるんは思ってたよりあの人が軽かった、っちゅう事だけや。
「1個言うてええですか」
『何か嫌な事言われそうな予感』
「あー大丈夫すわ。ダイエットはもうええからなわとび止めたらどうです?」
『何で!せっかくオサムちゃんがメニュー入れてくれたのに!』
「………………」
『光?』
「俺の為にしてるなら止めて下さい」
『っ、』
そんなの柄やない。分かってたとしてもわざわざ口にするなんや格好悪いしあり得へん。
せやのに言いたくなったんはやっぱりオサムちゃんの名前や。簡単に依存が消えるとは思って無かったけど、この人の全てはオサムちゃんで出来てると思わされる。
加えて、オサムちゃんの声まで過ってくる。
『光…それって、ジェラシー?』
「今すぐ振り落とされたいんすか」
『やだやだ無理ごめん!』
「せやったら黙っといて下さい」
『………だけど嫉妬なら嬉しいじゃんか』
「……………」
『そりゃオサムちゃんに嫉妬だとか間違ってるけどね、アハハッ』
「………………」
俺と違う素直な口は良い事も悪い事もありのままを告げてくる。腹立たしいくらいに好きやと思う。
でもこの人は――、
「そういえば道こっちでしたっけ?」
『うん良いの良いの、今日はオサムちゃんの家に帰るから!』
「そう、すか…」
本当に自覚が無いんやと知った。
自分が素直な事も、オサムちゃんに依存してる事も。
『光も寄る?オサムちゃんのご飯美味しいよ?』
「お断りすわ、毒盛られそうやし」
『えー?オサムちゃんそんな事しないし!』
「はいはい、今日はパソコンやらなあかん事あるんで」
『光は本当パソコン好きだね。アタシとどっちが好き?』
「はい落ちて下さい今すぐに」
『じょ、冗談じゃんか!』
自覚が無いならそれでええ。俺はその方が都合良く依存をこっちに向けられるんやから。
ただ、あの人が本気でオサムちゃんを特別視してる以上、そんな人を好きになったのは自分であって他へ怪訝を向けるのをタブーだという事。それくらい、あの2人の時間は永くて濃いものやった事も知ってる、から。
(20111203)
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