抱きしめて×抱きしめた | ナノ


 


 09.




深夜とは言わへんでも、夜彼女を家に独りきりにしたくない。夜やなくても昼間でもそうや。それは俺だけやなく家族の中で暗黙の了解やったルールでもある。
今でもそれを破るなんやご法度で、教師失格と言われても仕事を投げて部活が終わった後直ぐに家へ戻った。


『ただいまオサムちゃん』

「うんー?意外と早かったなぁ」

『意外って?』

「財前君と一緒やったやろ?遅なるんちゃうかなって思っててんでぇ」


彼女より先に帰って早速カレーの準備に取り掛かったら、後は煮込むだけの割りと早い時間に玄関が開いた。
財前が何処か連れ回す様なタイプに見えへんとしても、カップル初日くらい公園で喋るなり遠回りで帰るなり、何かあってもええ気がしたけど。…かと言って、初日からあれやこれや起きてもこっちは凹むだけやから有難いとも思う。


『だってオサムちゃん待ってるのに遅く帰る訳ないじゃん?』

「、」

『あ、今日カレー?オサムちゃんのカレー好き!着替えてテーブル拭くね!』

「ん、頼んだでぇ?」


家族やから、自分を引き取って育ててくれた人やから迷惑を掛けたくない。幾ら俺を慕ってくれててもそういう気持ちがゼロではないのは明白や。せやけどそれは遠慮という意味やなくて、家族の時間を大事にしたいっちゅう彼女の優しさからやった。
その優しさを勘違いして受け取りたくもなったけど、それでも暖かくなる事に代わりはない。でも、これからは俺にそんな気持ちを持つ事無いんやで?優先するものを変えなあかん時やってあるんやから。


『テーブル拭きました、お兄ちゃん!』

「宜しい!次はカレー運んだって」

『了解です!』


俺のお下がりが欲しいなんて間抜けで可愛い事を言うてくれた彼女はブカブカでダルダルのスウェットに着替えてカレーの皿を運ぶ。この光景すら最後やとは言わへんけど、此処で見るのは最後やから。
揚々と行き来する姿を焼き付けた。


『いただきます!』

「すっかり上達したオサムちゃんのカレーやからな、しっかり食べるんやでぇ?」

『何言ってるの、昔からオサムちゃんのカレーは絶品だもん』

「ハハッ!名前ちゃんは煽て上手やなぁ!」

『本心ですから』


適当な冗談と世間話をしてカレーを口に運ぶ。俺にはチョコレート入りのカレーなんや甘ったるいけど甘いものが好きな彼女が喜んでくれるなら幾らでも甘くする。
そういえば昔、甘くしたくて砂糖を冗談くらいに入れた事もあった。甘くて美味しいと言った彼女は麦茶も飲まんと一気に食べ切ってくれたんや。


『うん!やっぱり美味しい!オサムちゃんもオサムちゃんのカレーも大好き!』


今は言わへんなった、結婚の言葉と一緒に。


「なぁ名前ちゃん。これ食べたらオサムちゃんとドライブ行かへん?」

『行く行く!でも何処に?』

「ちょっとそこまでや」

『内緒って事?だけどオサムちゃんだからアタシの為になんでしょ?』

「当たり前やろぉ?オサムちゃんは名前ちゃんに甘くてしゃーないんやから」

『ふふん、アタシもオサムちゃんには甘いけどね』

「ほんまやなぁ」

『あっ、そうそう。今日光が最後までアタシの事おぶってくれたんだよ』

「財前君もすっかり彼氏やなぁ、青春て感じが羨ましいもんや!」

『光は嫌がってたのに優しいよね!』

「せやな、名前ちゃんの事絶対大事にしてくれる」

『うん!』

「せやから、」

『?』

「絶対、離したらあかんで?」

『――うん?』

「よっしゃ!ほなドライブ行くでぇ!」

『でも片付け、』

「ええからええから」


彼女の綻んだ顔を見て、更に背中を押してやれば俺も離れる覚悟が出来て。急かす様に彼女を助手席に乗せたら勢いのまま車を走らせた。
タイミングが良いのか悪いのか、渋滞も無く軽快に走る車は目的地に近付いてく。助手席に座る彼女は自分の好きな音楽を流して楽しそうに身体を揺らしてた。出来れば、妹やなくて、1人の女の子としていつかそこに座って欲しかったけど、そんなん贅沢な夢やったやんなぁ?
俺は可愛い妹が、家族で居てくれるだけでそれだけで十分やから。
どれだけ財前との惚気を聞かされても心の底から笑って良かったなって言える様に強くなるから少しだけ、待ってて。


『オサムちゃん、あとどれくらい?』

「もう着くで?」

『本当に?あれ、でも此処って、』


名前ちゃんの家や。
そう言うと彼女は珍しく息を呑んで眼を揺らした。


『あ、アタシの家っていうか、オサムちゃんの家でも、あるじゃん…?』

「せやなぁ。せやけどオサムちゃんの家は今、別にあるやろ?」

『そう、だけど…あ、じ、実家に用事がある、とか?』

「…名前ちゃん。家に帰りなさい」

『え……?』

「もう、オサムちゃんの家には来たらあかんよ」

『――――――――』


今すぐ嘘やと言ってあげたいくらい、彼女の眼は不自然にユラユラ揺れて声も無かった。




(20111203)


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