抱きしめて×抱きしめた | ナノ


 


 06.




さっきの授業が終わって窓から見えるグラウンドに人の気配が無くなれば直ぐ様メールの返信が届いた。

“仕方なくで良いから楽しみにしてる”

あの人はガキ臭いのに時々大人やと思う。良くも悪くも素直でどうかと失笑する時もあるのに他人を敬う事だけはずば抜けとるっちゅうか。まあ、他人て言うても自分やけど。


『財前』

「、はい?」

『悪いねんけど次の授業で使う機材、資料室から運んで欲しいねん』

「は、俺が?」

『ほな頼んだで!』


何て返信をしようか、そう思ったところに科学担任からの指名。日直でもないのに何で俺が。怠くてやってらへんとは思ったけど言い逃げされた以上そのままシカトも出来ひんくて。
渋々席を立ち上がったけど、資料室と言えば…オサムちゃんが、居るかもしれへん。


「ま、ええか………」


多少なりとも気きずさはあるけどいつかは会う訳で億劫に思わなあかん理由は無い。況してやオサムちゃんから俺にあの人の事でクレームや愚痴を言うなんやまず無いやろう。言われたとしても泣かすなとか、幸せにしてやれとか、在り来たりなキザでシスコン発言に決まってる。
それならこっちも目には目を、普通を通せばええだけや。


『あ、財前』


急ぎ足なんやせんと遅刻上等でマイペースに資料室へ足を進めると再度呼ばれて。これ以上厄介な事は引き受けへん、それを込めて振り向けば無駄に爽快な笑顔があった。


「なんや、部長すか」

『偶然会うて偶然同じとこ向かってんのにもう少し嬉しそうな顔してくれたらええのに。資料室行くんやろ?』

「そんな偶然、嬉しくも何とも無いすわ…」

『せやなぁそれでこそ財前やんなぁ』

「何ですかそれ…」


部長、実はこの人の方が会いたくなかったかもしれへん。
無駄に勘が良いだけにきっと全てを理解してるから。俺の事もあの人の事もオサムちゃんの事も全部。もしかすると未来形まで分かってそうで、ほんまに無い。


『それにしても財前もついに彼氏なんやなぁ、先越されたわ羨ましいで?』

「作る気が無いだけの人がよう言いますわ」

『はははっ、そんな訳でもないんやけどなぁ』

「どうでもええけど」

『ほんま冷たい奴やで』

「敢えてなんで」

『そこが財前の可愛いとこでもあるけど、と。オサムちゃーん入るでー』


“何か”を言われるんやないかって少し構えたけど思いの外何でも無かった。結局自分が考え過ぎてただけやったんかもしれへん。
なんとなく拍子抜けで、ついでに肩の荷が降りた気分になったら資料室に入って機材を探す。逐一断りも無く適当に漁ってたらライターの音が響いた。


『お、白石に財前の組み合わせは想像してへんかったで』

『そこで一緒になってん。な、財前?』

「はぁ」

『それはともかく、オサムちゃんさっきフリーやったんやろ?メニュー出来たん?』

『甘いな白石。俺を誰やと思っとんや?オサムちゃんやで!』

『、珍しくちゃんとやってたんや…せやけど何やコレ』


暢気に煙を撒き散らすオサムちゃんに怪訝を向けた部長が気になって、見付けた機材を抱えてからメニュー表を覗いてみる。特に普段と代わり映えは無かったものの、最後に新しいのが増えてた。


『なわとびって、ほんまに俺等の為のメニューなん?』

『心外やな白石ぃ。当然やろ、それは名前ちゃんの為に作ったやつや!』

『やっぱり…』

『簡単に出来てダイエットにもなる運動したい言うてたからな、少年達も付き合うたるのが男としての優しさや!』

『男としてのやなくてただの妹贔屓やからな…』


ああ、あの人の為、シスコンは何があっても変わらへんのか。そら当たり前かもしれへんけど。
まあなわとびなんやどうでもええ、後は部長次第な訳やし機材だけ持って帰ろうとすると妙に落ち着いた声で呼ばれる。


『財前』

「は、」

『…宜しくしたってな』

「…は?」

『名前ちゃんの事頼むでぇ!眼に入れても痛くないどころか眼に入ってまうオサムちゃんの可愛い可愛い妹やからなぁ!』

「……はぁ」

『ほな使い終わった機材は後でちゃんと返しといてな!』

「はいはい分かりましたよって」


一瞬、俺を呼ぶ声が誰なんか分からへんかった。最後はいつも通りふざけた軽い口調やったけど、始めは……人格が変わったかと思うくらい、本当の大人の声やったから。
そんな単調な様で感慨深く紡がれた宜しくの一言、その真意を知るのは意外と直ぐやった。




(20111203)


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