抱きしめて×抱きしめた | ナノ


 


 05.




漸く独りになれた時間、校舎内は熱心に勉強を教える教師やそれに頷く生徒、或いは面白く可笑しく教科書を開く教師と大笑いする生徒が居る中で、俺は第二の自室である資料室で煙草に火を点けた。
チリチリと音を立てて燃える葉っぱに白い煙。それだけで少しは冷静になれて、どれだけ税金が上がろうと止められへんのやろうなんて自覚した。


「えーと、放課後のメニューも作っとかなあかんな…」


冷静な頭に戻ればやるべき仕事を引っ張り出して。適当に積み上げた本やノートの間からレポート用紙とボールペンを持った。
毎日代わり映えの無い練習メニューに、何か面白い事でも入れてやりたいなぁなんて思って辺りを見回すけど都合良く良いネタなんや転がってる訳も無く…まあ今日も同じでええか、とボールペンを走らせた時、内ポケットに入れた携帯がブルッと振動した。


「…誰かと思えば、」


携帯はメールを受信したらしく、そこには母親の名前があった。
実家を出てから俺に連絡する事は減っただけに文章内容は安易に想像出来る。彼女の事やと。


「今日もそっちに行く言うてたから、ちゃんと栄養あるもの食べさせて…か」


今となっては俺の事はどうでも良いらしい両親は何かあればいつもそんな連絡ばっかり寄越して来る。お陰で彼女も俺と両親に懐くのは早かったし、素直に育った訳やけど…。


「…………………」


素直、過ぎるのも困るわなぁ。
適当な返事を打って待ち受け画面に戻った携帯は今より幾分幼い彼女を映す。わざわざ写真を写メにした画像や。
あの頃、何処に行くにも俺が傍に居て、両親の帰りが遅い時は俺がカレーを作った。美味しい、美味しい、そう言って満面な顔で食べてくれる彼女を見るだけで料理を覚えようと思った。ほんまはルーの量を間違えて味の無いカレーで不味かったのに、一度も彼女は不味いとは言わへんかった。俺が作っただけで彼女は美味しいと言って、俺と結婚するんやって、笑ってた。毎日、そう言うてたんや。


「シスコン、か」


俺の携帯を見る度に彼女はどうせなら今の自分にしてって言うてたけど、なんだかんだ言うて彼女もこの待ち受けに満足してたから変えへんかったけど…シスコンも、卒業せなあかんのかもしれへん。
彼女がこれから財前と笑う為に、離れる事も必要なんかも、しれへん。


「…今日は、最後のカレーやな」


そう呟けば、煙草もちょうど終わりを告げて灰皿に押し付けた。




(20111203)


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