02.
『光、おはよう』
「…毎度飽きもせんとそういうの、何とかならんのです?」
低血圧には少しきつい、朝っぱらからの部活に来ればジャージに着替えた途端、視界をシャットアウトされた。
目蓋から感じるのは良く知った体温で、後頭部から届くのも心地の良い浮かれた声。目隠ししながらおはようとかネジが飛んでるとは思うけど、テニス部に入部して半年以上もそれが続けば普通に感じる辺り俺自身あの人に洗脳されてる証拠やった。
『ほら、早く答えてよ』
「はあ?」
『だーれだって言ってるじゃん』
「今日は一言も言うてないと思いますけど、とうとう頭パンクしたんすか?」
『また光は冷たい事言う!そんな事ばっか言ってると嫌いになるからね!』
「はいはい。少しくらい嫌いになった方がええんとちゃいます?」
『え、』
「それでやっと部長や謙也先輩と同じくらいになると思いますけど?」
『、っ―――…………』
そこで漸く目蓋が解放されたら外の光りが眩しくて怪訝になる。
せやけど俺が気付いてないって、本気で思てたんです?そんな剥き出しの愛情を毎日向けられて気付かへんとか、ええとこ謙也先輩くらいですわ。せやから俺は、馬鹿みたいに笑う顔に、ウザイっちゅう言葉を向けられへんかった。
ずっとこのままヘラヘラ笑ってればええって、思ってた。
『ひ、ひかる、今のって…』
「何でも無い事にしたいならそれでもええけど?」
『う、ううん、したくない…』
「…………………」
俺の前でずっと馬鹿みたいに笑ってればいい。
でも、見て見ぬフリを続けて来た今までを考えたらそれを形として作る事に躊躇したくもなって。
あの人を自分のものにするという事が嬉しくも哀しい、哀歓を呼ぶ。
『光は、いつから、知っての?』
「名前先輩が俺を光って呼んだ時から」
『な、何それ』
「…俺、嫌いやないすわ」
『え?』
「名前先輩が呼ぶの、嫌いやないですって」
『それって、アタシが、好きってこと…?』
「………間違うてないと思いますよ」
『っは―――…!』
途端、口も眼もかっ開いて今までに無いくらいの阿呆面をかました。ほんま阿呆やと思うし、不細工やし、酷い顔してんのに引き寄せたくなるくらい愛しい。
せやけど、
「後悔。せえへんの?」
『アタシ幸せ…って、え?後悔って…何で?』
「何でも無いっすわ」
『うん?』
「ほんま阿呆すわ」
『ちょっと、さっきから意味分かんないのは光なのに酷いんですけどー!と、それはそうとオサムちゃんに報告して来なきゃ!昨日応援するって言ってくれた途端に上手く行ったんだもん、凄い凄い!』
「応援、すか」
『うん!じゃあちょっと待っててね光っ』
「……………………」
テニスコートへ走ってく背中を見て腕を引っ張ってやりたくなった衝動を抑えては必然と出て来る溜息。
『名前ちゃんやったなぁ!』なんて嬉々な声が部室まで届くけど、頭を撫でて自分事の様に喜んでるやろうオサムちゃんを浮かべたら俺は素直に喜べへんかった。
オサムちゃんがあの人をキョウダイとしての好きでもそうやない好きとしても、それは関係が無いって割り切れるのに、きっといつか俺自身が間違えたと後悔する気がしたから。
(20111203)
←