01.
『あのね、好きな人出来た』
俺のベッドを陣取って枕を抱いた彼女は気恥ずかしそうにそう言った。
好きな人、その単語が耳に入って来た瞬間に心臓はドクンと大きな音を立てて止まってしもたかと思ったけど流石にそれは喩えなだけらしい。せやけど口元が引きつってしまいそうなのは確かで、必死に笑顔を作った。
「それって、オサムちゃんが知ってる人なん?」
『知ってるよ』
「教えてくれへんの?」
『当ててくれたら嬉しいかな』
枕から目元だけ覗かせてこっちを見た彼女は、俺とは対照に照れ笑いを浮かべてるのが安易に分かる。好きな人と表現した限り、イコール彼氏とは思えへんけど彼女にとって好きな人という存在そのものが幸せな事なんやと物語ってた。
「オサムちゃんの知ってる人なぁ…」
『うんうん』
「………財前」
『さすがオサムちゃん!やっぱり分かっちゃうんだ!』
凄い凄いなんて眼をキラキラさせられても憂鬱を隠すので精一杯。大袈裟に拍手してみせたって、その愛らしさは俺に向けられたもんやない。それがしんどかった。
「名前ちゃんは財前と話してる時めっちゃ嬉しそうやし、いつも眼で追ってるから丸分かりやでぇ?」
『え、そんなに?頑張って隠してたつもりなんだけど』
「オサムちゃんの眼は誤魔化されません」
『あはは!嬉しいけど怖いじゃん!』
「怖いって何言うてんねん、こんな優しい優しーい男どこ探しても居らへんのに」
『うーんどうでしょ?』
「そんなん言うたら今日の課題教えたらへんでぇ?」
『あーっ嘘!今の冗談!オサムちゃんは世界で一番優しい!大好き!』
「宜しい」
大好き、
今まではそれだけで良かった。それだけで満足してたんや。
例えそれが恋愛の好きやなくても彼女を独占してるような錯覚が出来たから。せやけどもう、それも許されへんのや。だって俺は彼女にとって、
『“お兄ちゃん”は応援してくれる?』
「…もちろんやろ?」
キョーダイでしかないんやから。
『良かったー!アタシ頑張るからね、フラれないように!』
「若い内は当たって砕けろ〜やからなぁ!」
『だから砕けないように頑張るって言ってるじゃんか!』
「ははは、せやったな」
『フラれたら学校辞めるもん』
「またそんな事言うて」
『アタシが学校辞めたらオサムちゃん困る?』
「当然やろ?」
『じゃあそうならないようにオサムちゃんも協力して下さい!』
「任しとき、出来る限りのフォローはしたるからなぁ!」
『宜しいー!』
「いつの間にか立ち位置変わってしもわ」
『それで良いのです』
「ほんま名前ちゃんには適わへんな」
フッと笑った顔は12年前から貫き通した兄の顔。彼女の兄貴になってやると誓ったあの日から崩した事のない顔や。
俺の両親の遠縁、もとい昔からの親友だったらしい彼女の両親が亡くなって、親戚の家をたらい回しにされてると聞いた俺の父親が引き取ると決めたあの日。初めて彼女と顔を合わせると、6歳の女の子が見せるような顔やない憂愁を浮かべてこっちを見た。俺自身も勿論若かったけど、少しでも不安を除いてやりたくてニッコリ笑ってやった。
その瞬間、彼女は顔を赤くして俺の事を『お兄ちゃん』と小さく呟いたんや。
あの時の遠慮がちに見せた幸せそうな笑顔、それが忘れられへんくて、俺は生涯彼女を守ってやらなあかんっちゅう使命を受けた気がした。……兄貴として。
(20111015)
←