18.
あれから結局あの人に何も言えへんまま部長から聞いた例の日を迎えた。
土曜日で学校も休み、オマケに外は雲も無いコバルトブルーの快晴という、厭に舞台が揃った日やった。
『光?なに黄昏てるの?』
「…そう見えます?」
『見えるから言ってんじゃん?なんか悲劇のヒロイン、じゃなくてヒーローみたいな!』
「なら腐ってますわ、名前先輩の眼が」
『はっ!相変わらず口悪い!』
当の本人は今日が何の日かも知らずに朝から俺の部屋で脳天気に転がってる。
『今日お出掛けしようよ、初デート!』
「、」
『付き合って早々に部活が休みだとかラッキーだよー!オサムちゃんの優しさかなぁ?』
「………………………」
ほんま、何も知らんと、阿呆な人や。
無駄に練習量の多い部やのにそんな安易な理由があると思います?そら普段の今迄通りのオサムちゃんなら、あの人が頼み込めば休みくらい作ると思うけど……残念ながら、違うんですわ。
「今日、何の日やと思います?」
『、どしたの突然』
「何で部活が休みか分からへん?」
やっぱり無理や。
ちゃんと伝えて、この人にも理解を求めたい。後で知る方が酷なんは眼に見えてるんやから。
『それは…オサムちゃんの気分ではないのでしょうか』
「本気すか?」
『………どういう、意味?』
「ほな行きますか」
『え、』
「デートするんやろ」
『……………………』
何が何だか分からない、そんな怪訝を浮かべて隣を歩くあの人に、今は何を話せばええかも分からへん。黙って目的地を目指す俺に、あの人もまた同じ顔して俯いてた。
「着きました」
『、ホテル…?』
「そう見えるなら安心したっすわ」
『そ、それくらい分かるけど…!でも何でホテル?こんな高級そうな所でランチだとか冗談、言わないよね…?』
「珍しく頭回りますやん」
『え、本当に?』
「言うても予約制な場所に急に来てもランチなんや出来ませんけど」
『じゃ、じゃあ何…』
「ええから」
『っ、』
目的地に着いて余計混乱してるみたいやけど説明は後回し、聞くより見る方が早いやろ?
俺はあの人の手を引いて最上階を目指すエレベーターへ乗り込んだ。上へ上へと上がって行けば行くほど、あの人の顔も少しずつ堅くなって眼を右に左に泳がせてた。
チン、と控え目な音と同時に開いた扉。
そして辺りに広がるレストランは、高校生の俺等には不釣り合いな場所やった。
『光…どうするの…』
何があるか分からへんでも、流石にこんな場所には引け目を感じてるらしいあの人をまた引っ張る。
レストラン内に入らへんでも、上手く見える場所があればええねんけど…
『………え?』
「、」
『なんで………』
中を覗いて、そこに居る筈の男を探すと隣で眉を下げて瞠若した眼と、消えてしまいそうな悲痛な声。俺が見付けるより先に眼に入る辺り、失笑してしまう。
そこに居るオサムちゃんは黒のスーツにネクタイを締めて、当然いつもの帽子と煙草が無ければ、髭さえ無い。何も聞かされてへんかったら一瞬誰やか気付かへんくらいに別人やのに。
『ひかる……何で、オサムちゃんが居るの…?』
「………教頭から押し付けられた見合い、らしいすわ」
『アタシ、そんなの聞いてないよ…?』
「…ほんまは、誰にも言うつもり無かったのに、謙也先輩が立ち聞きしてしもたって」
『………………………』
見合いがショックなんか、ソレを聞かされてなかった事がショックなんか、口唇を震わせても視線を外さへん。
オサムちゃんがいつもと違う大人で控え目な笑顔を相手に見せる度に、あの人の口唇は横一文字に伸びて噛み締める。
『あんな…』
「、」
『あんなオサムちゃん、アタシ知らない…』
「………………………」
『学校でも家でもダラダラしてマイペースなのに、本当はそれでもちゃんと考えてるの知ってるけど、だけどあんな顔するなんか知らない!』
「それは、」
『何年もずっと一緒だったのに、アタシは知らないもん…!』
「―――――――」
言い切った後、何かが切れた様にあの人はボロボロでかい雫を零した。
この間見た泣き顔はただ哀感を纏った悲観的な眼やったけど、今度は違う。哀感にプラス悔しさと後悔を持ってる様な…。
つまり、単にショックなだけやなくて、あの人にとってこれは離れた事で知らされなかったんだろう後悔、全部オサムちゃんを知ってたつもりで知らなかった悔しさ、そしてそれを纏めての哀感。そういう感情が渦巻いてるんやろう。
『っ、………』
ゴシゴシと眼を擦って、もう一度オサムちゃんを映したら背中を向けてエレベーターに乗り込む。
そんなあの人を追い掛けるなんや、俺には出来ひんかった。
だって、俺にはあの人の想いを詠んでやる事が出来ひんかったから。
好きやと思うからこそ、しんどかった。
(20120928)
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