15.
放課後、基本的に部活に顔を見せる時間は早くて中盤で、始めから出られる日は滅多に無い。第二の自室である資料室で本日付ノルマの仕事をこなして、少しくらいのんびり一服して、それから漸くテニスコートへ向かうのが日常。
当日の練習メニューを渡し損ねた日は白石がわざわざ取りに来てくれる訳やけど今日は既に渡し終えた。それなら先ずはのんびりと煙草がええかと思って火を点けた、正にその瞬間やった。
『これ。何なんオサムちゃん?』
「、ん?」
今日に限っては来る筈の無い白石が資料室のドアに寄りかかって1枚のメモを差し出してくる。さっき職員室を出た時、教頭から再度宜しくと笑顔で肩を叩かれた事を思い出させるその紙が何で白石の手にあるんやろうか。メニュー表やないんかと眼を疑ったけど紛れも無くあのメモや。
白石には適わへんと思ってたけど、これじゃまるでストーカーの域やで?
『こら。失礼な事言わんでくれる?』
「ハッハッ、口に出してしもたかぁ?」
『オサムちゃんの顔に書いてあるわ。俺は教頭との話し聞いてしもたって謙也から知らされて確認する為に手帳から抜き取っただけやで?』
「それでも十分や思うけどなぁ…」
まさか謙也に聞かれてたとは思わへんかったとか、いつの間にとか、流石は白石とか、当然頭に過ったけど見られてしもたもんは仕方ない。煙草の灰をトントンと灰皿に落として口を開いた。
『オサムちゃん本気なん?』
「教頭からやしなぁ、行かなあかんやろ?」
『行く行かんはどっちでもええねん。問題はその後やろ?』
「その後、なぁ…」
『名前以上なんか無いって、自分が一番解ってるんとちゃう?』
「そらそうや!」
『せやったら、』
「…白石、大人ってこうでもして割り切らな駄目な事もあるんやって知ってた?」
『、は?』
「付け焼き刃、言うたら何や違うけど、強制的でも無理矢理でも結果が出る事ってあんねん。白石なら分かるやろ?」
『…そんなん分かりたない、言うたら?』
「ほんまは分かってるって知ってるし、言うか言うへんかは自由やでぇ?」
こういう時だけ大人な顔を見せて、白石もソレに怪訝を隠さんとこっちを見る。睨み付けてる様な鋭い視線やとしても、俺が怯む訳無いって、それさえも分かっとるくせに。白石はほんまに子供のくせに賢い。
『……オサムちゃんが、そう決めたならもう何も言わへん』
「ん。おーきにな」
『オサムちゃんが遣る事を俺が決定出来ひんし、意味無いし、関係あらへん』
「んー?そこまで言うたつもりは無いんやけど、」
『せやけど』
「、」
『前にも言うた通り、名前の為にならへん事なら俺は嫌やから』
「白石…」
『俺は名前が好きやし大事やと思ってる。オサムちゃんや財前みたいにめちゃくちゃ重いっちゅう訳ちゃうし、形も少し違うけど、それでも泣いてるとこ見るのは嫌や』
それだけは頭に置いて、自分の行動に責任持ってくれたらそれで良い
そう言いながら机にメモを置いた白石はドアをゆっくり閉めた。
「ハァ…はっきり言うてくれるわ」
財前ならともかく、白石が羨ましいと思ってしまうのはやっぱり間違いなんやろうか。ストレートに情感を伝えられる強さと、友達以上恋人未満な彼女への想いに嫉妬したのは大人の皮を被った罪やと思う。
途端、煙草は苦味を増すし白い煙が目障りにもなったけど、それでも返されたメモを手帳に挟み直したのは、不気味な自分の彼女へ対する愛情からやと信じ込んだ。
(20111218)
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