12.
授業中、窓からグラウンドを眺めても今日はあの人が顔を覗かせる事がなかった。まあ、体育が無いなら当然の話しやけど。
せやから当たり前、やのに、妙に静寂を感じるのは何でなんか。
昨日、あの人の目蓋に口唇を落とせば眼も頬っぺたも真っ赤にして固まってた。それがやっぱり阿呆過ぎて口元が緩んでしもて。そんな事、口が避けても当人には伝えられへんけどせめて、いつも通り阿呆って声にしようと思えば『今日、泊まりたい』とか。
俺の口は既に阿呆の言葉を型取ってたのに息だけが漏れた。
意味、分かってんのかとか、ついに完璧トチ狂ったんやないかとか、否定的な事ばっか浮かんだけど、あの人が俺の手に自分の手を絡めたから…あの人にとって普通で、本気の言葉なんやと悟った。
『なんか、カップルっぽい』
「ぽいやなくてそうなんやろ?」
『それ光が言うと照れる』
「……寝る」
『え、もう!?何で、ちょっと待って、アタシも布団入れて!』
「…狭いんやけど」
同じ布団に入って定員オーバーもええとこやけどあの人の体温を分けて貰えるならどうでも良かった。絡められた手はそのままやし、あの人だけで視界が埋まる。それだけで馬鹿みたいに満たされる。
『狭い方が暖かいよ?』
「なんやそれ、経験済みすか」
『経験って言っても、オサムちゃんだけど』
「、」
『アタシが寝る迄、変な話しとかしてくれてたんだよ』
せやけど、何で俺は“渡邊オサム”やなかったんやろって本気で思った。
何で後輩なんか、何でほんの数年しかこの人を知らんのやろって、嫌悪が生まれる。それはオサムちゃんに対してでもあの人に対してでもなく自分に対して。
俺があの人を見て来た時間はたった数年の間、それも1日の半分も無いほんの数時間しか無かったのにあの人の全てを知った気になってた。目の前に居るこの人を作ったのはオサムちゃんやのに。それは何で、自分やなかったんか…。
『だけど光はあんまり話ししそうにないよね、特に馬鹿話しなんて無さそう』
「………………」
『それでも良いんだ、光が居て、手繋いでてくれたらアタシ幸せだよ』
「―――――――」
なのに、あの人は俺にも情愛を分けてくれる。自分が幸せなんやって言うけど、それは俺に届ける為の声とも思える。
せやったらそういう俺やって幸せという事に当て嵌まるんかもしれへんけど――
『光に幸せ貰ったから、明日オサムちゃんにちゃんと実家帰って来てねって伝えるね』
繋いだ手があっても埋められへん壁を感じて、離れたとしてもそれを埋め合える2人の視線に、“やっぱり間違えた”って思ってしもた俺は、本当の幸せでは無いんやろう。
好きで、仕方ないのに。
(20111204)
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