11.
彼女を実家に送ると、家の中に入らず俺の車をじっと見ていた眼はボロボロ涙を落として赤く染まってた。捨てられた様な哀感の表情は見てられへんくて、勢い良くアクセルを踏み込んだのを覚えてる。せやけどそれからどの道を通って家に帰ったんか迄は覚えてへんかった。
『オサムちゃん…』
行かないで、そう言われてるかの様な呼び掛けに返事が出来ひんくて。今生の別れでも無いのに、それさえも思わせる泣き顔が耐えられへんかったんや。車を停めて引き返して、嘘やでって抱き締められたらどれだけ良かったか。
でも、それは駄目なんや、踏み込んだらあかんラインやから。
「片付け、やらなな…」
フッと視界に入るのは食べたまま放置したカレーの皿。さっきまで彼女は此処に居たのに、さっきまで俺を呼んで笑ってたのに。
初めて、ほんの少し、キョーダイという繋がりが恨めしく思った瞬間やった。
そして翌日。
カレー皿をシンクへ運んで、これを洗い切ればただの兄としての男になる、それを繰り返してたら一晩も掛かった皿洗いやけど、厭に永い時間のお陰で彼女の前でも笑えると思った。
「白石早いな、おはようさん!」
『、オサムちゃん…キョーダイ揃ってお揃いの顔やとかほんま仲良しやな』
「お揃い?」
『さっき財前とジュース買いに行ったけど今日も眼真っ赤やったで?』
「目ざとい白石はオサムちゃん苦手やでぇ」
『苦手でええけど大の大人の男が泣くのは見たないって言うた筈やねんけどな』
チクチクチクチク小言を溢されてその度に心臓が痛い痛いと悲鳴をあげる。優しい優しい白石は何処に行ってしもたんやろなぁ?
それにオサムちゃん、泣いてはないしな。感傷には存分浸ったけど。
『ま、そうは言うてもオサムちゃんのは名前みたいに可愛く泣き明かした顔やなくて、ただの寝不足で重なった醜い目蓋やけど』
「よ、よう分かっとるやないか、流石は白石やでぇ…」
『ハァ…俺は可愛い子の味方やった筈やのに無理してる大人のが心配なって来たわ』
「ハッハッ!誰の事言うとるんか分からへんなぁ!」
『どうせ結局…』
「んー?」
『、何でもないわ』
「そうかぁ?」
正直、白石が何を言いたくて言葉を呑んだのか、情けないけどアイツの笑顔の仮面からは読み取れへんかった。年甲斐無く幾つも下の奴から心配されとる事だけは痛いくらいに伝わったけど。
俺は、自分から見れば適度に手抜いてそれなりな人生を楽しんでたつもりやったのに、いつからこんなに不器用になったんやって思う。どれだけ適当ぶって、余裕ぶってたって実際は彼女に対してだけは全力で口角を上げてたくせに。分かってる顔をして独り大人を演じてるつもりやっただけでほんまは白石にも見透かされて、白石の方が先の事を、周りの事を見てたとか…失笑しか出えへん。
それを表に出すように大袈裟な息を吐こうと思うと、少し冷気を含んだ風が顔を掠めた。
『あ…』
「、」
『オサムちゃん……』
無意識に眼を細めたなら、その先には昨日より赤くなった眼で俺を映す彼女と、財前。
『オサムちゃん、おはよう』
「名前ちゃ、」
『アタシ待ってるから!』
「、」
『オサムちゃんが実家帰って来るの楽しみにしてるから!週1は絶対だからね?』
2人やなくていい。
母親が居て、父親が居て、そして自分と彼女。何でもない普通の親子としてそこで会えたら十分過ぎる。
「――――、オサムちゃんやって名前ちゃんに会いたいんやから当然や!」
俺を待っててくれると言ってくれた彼女に救われてそんな彼女が愛くるしい。それなら俺は、愛くるしい彼女が、大事な人と上手く行く事を祈ってあげようと、可愛く絡められた手と手を見つめた。
俺はもう、大丈夫。
(20111204)
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