10.
「もしもし…、は?」
あの人を担いで帰った後、良いトレーニングにはなったとなるべく前向きに捕えてパソコンと向き合ってると突然着信を告げた携帯。オサムちゃんと一緒なのは知ってるからあの人とは思わず携帯を持ったのに、そのまさかな人物の名前を見て通話ボタンを押せば、初めて聞く、震えた声が耳に届いた。
「来るなら来るで連絡してくれたら迎えくらい行ったりましたよ」
『…………………』
「まあ、ええけど…」
家の前に居る、そう言われて窓から覗いたら案の定俯いた陰があって。親も兄貴夫婦も驚いてたけど、そんなのはシカトして部屋に引っ張った。
なにがあったか、それは言う迄もなくオサムちゃん絡みなんやろうけどあの人が泣いたところを見るのはほんまに初めてで、更にオサムちゃんがそうさせたと思うとそんな事があるんかって、疑問が浮かぶばっかりやった。
『…ひかる、』
「、」
『アタシ、オサムちゃんに嫌われたのかな…』
「そう言われたんです?」
『ううん』
「ほな違うに決まってますやん。大体あのシスコンが名前先輩を嫌いになるとか天変地異もんすわ」
『…でも、家には来るなって……』
ああ、漸く理解した。
あくまで妹として大事にする為にその線引きを今更したっちゅう事すか。それで昼間俺に宜しくしたって?
…これが俺の為に、なんて言うたら今すぐぶん殴ってやりたいけど、オサムちゃんに限ってそれは無くて、何が何でもあの人の為なんやろう。喩え俺がこのままあの人と上手く行っても、他の男と一緒になったとしても、誰とも上手く行かへんかったとしても、あの人が普通で一般的なキョーダイを周りに見せられるように。仮に今は良くとも、学校を卒業すればオサムちゃんは居らへんし、社会に出たらそれこそお兄ちゃんが、家族が、なんて言うてられへん。
「名前先輩は、家族の中で誰が一番すか」
『え…?そ、そんなの比較出来るもんじゃ、』
「比較する前に答え出てますよね?」
『………………』
「オサムちゃんも、同じや思いますわ」
『オサムちゃんも…?』
「端から見てても狂っとるくらい愛情深いんやから、自分ならもっと分かるんちゃいます?」
『……うん』
「別に、オサムちゃんは嫌いやからとか好きでそう言ったんやないんですわ。ただ、家族は大事やとしても他にも大事なものがあるって言いたかっただけやろ」
『他って、光…?』
「そう思って貰えとるなら光栄やけど、他にも部長や謙也先輩や友達、居るやろ?」
『それはそう、だけど関係無――』
「オサムちゃんは、自分だけ優先的な状況が名前先輩に良くないと思っただけすわ」
『え…?』
あくまで理解出来ない、そんな顔をするあの人に苦笑をせずには居られへんくて。ゆっくり、オサムちゃんの行動は全てあの人の為だけにあると伝えた。
余計な事は口にせず、もっと視野を広げるようにと。
『…オサムちゃん、家で会えなくても、実家で会えるって言ってた』
「当然やろ。あのシスコンが会いに行かへん理由が無い」
『そう、かな…』
「それは今まで一緒に過ごして来た本人が一番分かると思いますけど?」
『そ、だね、うん…分かった』
「まあ、オサムちゃんもええ歳やし名前先輩に見られたらマズいもんとか色々あるんちゃいます?」
『なにそれ、アタシ気にしないのに…』
「男にも色々あるっちゅう事すわ」
多少なりとも、自分が築いて来た事やのに急に勝手やなとは思わへんでもないけど、それは仕方なかったんやろう。普通の家庭ならともかく、あの人とは血が繋がってないし、その分過保護に思うところやってあったと思う。
昔から俺もこの人を知ってたならって、悔しくもあるけど。
『えっと、ご、ごめんね、急に押し掛けて、こんな話し…』
「別にええすわ」
『う、うん』
「せやけど…」
『え?』
「オサムちゃんで埋めて来た時間、これからは俺にも分けて欲しいんやけど」
『、』
「無理、とか言うのは無しの方向で」
赤くした眼にプラスして頬っぺたを赤くしたあの人に笑って、腫れてしもた目蓋にチュッと音を立てた。
愛しい、愛しい、俺はこの人を泣かせたくない。
(20111203)
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