06.
あれから1時間くらいはそうしてたのかな。気付けば外は薄明かりの世界に変わってて、眼を覚まして早々の僕には時間という時間が理解出来なかった。
「……、6時過ぎ…」
携帯を開いて時刻を確認すれば6時5分と記されてる。6時…6時?
まさか日付変わって朝の6時?
それならこうして悠長にしてられない、早く学校に行く支度をしなくちゃ……の前に制服のままだ。という事は昨日お風呂に入ってない?
先ずはシャワーを浴びよう、そう思って立ち上がろうとすると、
「―――名前?」
僕の右手をしっかり握って眠る彼女が映って。
漸く、昨日どうしてたのか、何で気が付かないまま眠ってたのか理解した。昨日の自分を思い出すと彼女に愛想を尽かされてないか心配になる。だけど…。
ひたすらに哀感を語ってた彼女の寝顔は幾分穏やかに見える。勿論まだ瞼は少し赤いけど、繋がれた手だってちゃんと暖かい。
「…今だけ、友達止めるけど許して」
僕からもぎゅっと手に力を込めて、彼女の前髪を横に流せば無防備な口唇に自分の口唇を当てた。それにも動じない彼女を見て安堵して、最初で最後のキスは僕だけの秘密にしようと誓った。
彼女にとっては不本意でしかないだろうし、僕だけの利得に代わりないから。それでも言い訳をするなら…彼女が幸せになれますようにって、おまじないなんだ。
だから、さっきのはノーカウントで良いから、許して下さい。
『んん゛……』
「名前、そろそろ起きて」
『う、ん…』
「早く起きないと錫也のお弁当無くなっちゃうよ?」
『っ!錫也のお弁当!どこどこどこ!?』
「あはははっ!錫也のご飯は凄い効果だよね!」
『え、羊君……?』
「うん。羊君です」
ニッコリ笑顔を作って、彼女の脳が働くのを待ってれば途端に青い顔で口をパクパクさせる。
『ごごごめん!アタシもしかしなくてもあのまま寝ちゃった?!寝てたよね、爆睡してたよね…!』
「平気だよ、僕も今起きたとこ」
『だけどアタシ…羊君の部屋に泊まっちゃって……ご飯も食べてないし……』
「問題はそこなんだ」
『本当にごめんね、超迷惑…』
「名前のは迷惑じゃないんだよ、僕こそ謝るべきだし」
『羊君が謝る必要なんか……っは!そうだ、もう泣いてない!?哀しくない!?つらくない!?』
「、」
『羊君が辛い時はアタシが傍に居るから!絶対1人で泣いちゃ駄目だよ?アタシはやっぱり何も出来ないけど、楽しい時も哀しい時も一緒だから!1人より2人の方が受け止める心は大きくなるんだよ!』
今まで他人にそんな事を言って貰った事なんて無かった。一緒に居るだけで心は大きくなるだとか…友達も居なかった僕には考えさえしなかった事。
それを彼女に言って貰えるなんて。こんなの、愛想尽かされてるどころか情愛だとしか思えない。
「名前」
『羊君…?』
「有難う」
今度はぎゅっと彼女の身体を抱き締めて。昨日みたく震えてない事を悦楽したら、彼女も僕の背中に手を回してくれた。
『有難うはアタシの台詞だから』
「違う、僕だよ」
『でも、』
「僕は今まで名前みたいに他人に愛情を捧げるっていう意味を知らなかったから本当に嬉しいんだ」
『羊君、』
「昨日はごめんね。今日は有難う。受け売りで申し訳ないけど、僕も名前が哀しい時に絶対傍に居る。楽しい時も嬉しい時も、一緒に感じたい」
だから、名前は名前の恋を頑張って。
最後は息だけで伝えると、彼女の腕にもっと力が込められた。
『昨日の事はショックだったけどあの人が悪い訳じゃないもん…アタシ、諦めない』
「うん」
『羊君が一緒に居てくれるなら頑張れる』
「うん」
『アタシ、羊君好きだよ』
「………うん」
『羊君も、好き?』
そんな事、今更な質問でしょう?
僕にくれる好きは、名前が言う“あの人”に向ける好きとは違うんだって分かってるよ。それでも僕は、
「愛してるに決まってる」
それを彼女に捧げたい。
上を向いて歯を見せてはにかむ彼女を遠くから幸せにしてあげたいと本気で思った、白い朝。
(20110422)
←