05.
想像以上に軽かった彼女の身体は小さく震えていた。それが雨で冷えたという生理現象だとしても、僕が傍に居たって何も出来ないんだって高らかに言われてる気がして、口唇を噛まずにはいられなかった。
それでも彼女の前ではそんな不細工なところを見せてたくなくて、あくまで平静を装って寮の自室へ戻ると一目散にお風呂場に向かった。バスタブにお湯を張って、両親から送られて来たココナッツのバスミルクも入れて。とりあえず話しは身体暖めた後で、それだけ伝えて着替えを渡せば20分過ぎたか過ぎてないか、それくらいでドアの開く音が聞こえた。
『……羊君』
「ちゃんと暖まったの?」
『うん…ごめんね』
彼女には大きい僕のシャツとジーンズを纏った姿は、今すぐ引き寄せてやりたいくらいに可愛かったけどやっぱり彼女は俯いたまま。
涙は止まっても赤に充血した眼は痛々しい。こういう時、何で僕の髪と眼の色は赤いんだろうって、思う。
「名前、此処に座って」
『、』
「ミルクティー淹れたから、飲めるならどうぞ」
つい聞き逃しそうになるくらいか細い声で発された有難うを耳にして、一応は僕も彼女の視界の中に居るんだって思えた。ゆっくりティーカップに口を付けたのを確認すれば、ドライヤーのスイッチを入れて彼女の髪に温風を当てる。
いつもなら1本がサラサラと揺れてるのに、濡れて束になる彼女の髪を見るのは不思議な気分で新鮮で、それでいて自分と同じ薫りがするのも良い意味で変な気分。
「熱くない?大丈夫?」
『うん気持ち良い』
「熱かったら言ってね」
『羊君はアタシに熱い思いさせたりしないから平気だよ、それに人に頭触られるの好きだもん』
「あはは、それって期待しちゃう台詞だと思うんだけど」
『大丈夫、羊君の事ちゃんと好きだから』
漸くそこで振り返ってくれた彼女は控え目にはにかんで僕を見た。わざわざ口にはしないけど、その微笑とその言葉だけで僕は癒されるんだよ。例え彼女の言う好きが特別で括られる好きじゃなくても。
そんな事、彼女自身理解してるんだろうけどね。
『…羊君?』
「はい。何でしょう」
『聞かないの?』
「何を?」
『な、何をって…その…』
「ごめん冗談。僕が聞いても良いのなら、泣いてた理由を教えて欲しいけど…」
『…………………』
直ぐに背中を向けたのを合図にドライヤーのスイッチを切ると、彼女は言いたくないけど聞いて欲しい、そんな声色でゆっくり始めた。
『アタシ、好きな人が居るって、言ったじゃん…?』
「うん」
『今日部活行く途中にね、すれ違ったんだ』
「…うん」
『だから、思い切って声掛けてみようって思った。だけど…』
「……だけど?」
『こんにちは、って言ったら……“初めまして”って返って来たんだよ』
再度振り返った彼女は眉を下げて笑ってた。
ほんの些細な事なのかもしれないけど、艱苦を噛み締めた様なその笑顔を見るだけで僕にまで哀感が流れ込んでくる。例の、出逢った時の記憶があるからこそ好きになったのに相手は覚えてない。当人は良かれと思って挨拶を返したかもしれないけど、彼女にとっては憂苦でしかなかったんだ。
だって、もしも僕が同じ境遇だとしたら…彼女に再会して僕を覚えていなかったって事。そりゃ何年も時間が過ぎてたし、初めは彼女も気付いてなかった。だけど彼女の場合は本当はちゃんと僕を覚えててくれてたんだから。
彼女が言う様に、仮に名前が僕を覚えていなくて、今のこの関係も無く他人のままだとすれば僕は………
『――羊、君?』
「あ、」
『何で羊君が泣くの…』
「ごめん、何か…」
『な、泣かないでよ、羊君が泣く必要無いじゃん…?』
「本当ごめんね、みっともないよね僕」
ただのクラスメイトとして彼女を見守る僕。
哉太と錫也と分かち合う事も出来ないまま羨望するだけで面に出せない嫉妬と闘う自分。
有難うを言いに来たのに、それすら伝えられない。
単なる仮定なのに。仮の現実を浮かべただけで瞼が熱くなって、ポロポロと落ちる滴は止まらないんだ。
名前が、そんな思いを抱いているなら尚更。悲痛でしかない。
『よう、くん、』
「、名前もまた泣かないで」
『羊君が、泣くから…!』
「ごめん…」
『お願いだから泣かないでよ…!』
僕の手を取って懇願する彼女を堪え切れず抱き締めて、2人揃って息を殺して涙を流した夜だった。
非力で、ごめん。
(20110418)
寮について詳細を知らないのでお風呂が各部屋にあるのか共同なのか…。
万一、共同でしたらオリジナル設定で申し訳ないです。
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