04.
『俺は羊だって良い恋してると思うよ』
「え?」
『昨日より良い顔してる』
食堂から教室への帰り道、僕だけに聞こえる様に呟いたのは錫也だった。昨日だけじゃなく今日もまた僕を気にしてくれてたんだ。
お節介っていうか世話好きっていうか。だけど錫也のそういうとこ、嫌いじゃないよ。
「名前が好きなんだから当然でしょう?」
『ハハッ!それもそうか!でも良かったよ』
「良かった?」
『俺の中で、羊が一番危ないって思ってたから』
危ないって、僕は日本語を間違って覚えてるんだろうか。疑問符を浮かべて錫也を映すと、ゆっくり口を開いてくれた。
僕は彼女だけを想って生きてきた。それは哉太も錫也も同じだ。だけど僕が皆と違うのは彼女以外に誰も居なかった事。彼女だけ想って、彼女に再会する為に此処へ来た事、それは錫也からは計り知れない重みがあったんだって。
だから、僕が壊れてしまうんじゃないかって…そんな大袈裟な心配。
「…実際、昨日錫也と話してみる迄は放心状態だったからね、否定は出来ないけど」
『名前に突っ込まれる前で良かったけどな?』
「うん。だから僕、これでも錫也には感謝してるんだよ」
『、そうなのか?』
「こういう時、友達が居るとこんなにも気が楽になるんだって知った。勿論今でも名前が1番大事な存在だけど、錫也と哉太も大事な友達だって思ってる。有難う」
哉太とは違って錫也相手だと比較的に素直になれる。有難うは本音だったから。
名前は周りに恵まれてるよね。それでも名前だからそうなんだと思うけど。
そんな思いを込めて伝えると、錫也は彼女に見せる時に似た柔らかい笑顔で僕の背中をポンと叩いた。
それからの午後、時間は穏やかに過ぎて行って彼女は部活に行くと軽快な足取りで教室を出て行った。今日は錫也と哉太と男3人で過ごすのも悪くないかなって思ったけど、錫也は街へ買い出し。哉太は担任からの呼び出し。2人して不在だとか信じられない。
そりゃ買い出しくらいなら錫也に着いて行くのも悪くないとは思ったけど…どうせなら学校で時間を潰して、部活が終わった彼女を送ってあげたいって思ったんだ。たまには尽くしてあげても、それくらいは許されるよね。
「そろそろ終わる頃かな…」
図書室で日本語文法の参考書を読んでいれば意外と早く時間が過ぎて。暗くなり始めた外を見ると強い雨がザーザーと落ちてるのに漸く気が付いた。
昼間は天気良かったし、彼女の事だから傘だって持ってないよね。尚更迎えに行く価値が出来るってもんじゃない、なんて口角を上げて図書室を出た時だった。
「あれ……?」
中庭へと続く道に誰かが傘も差さずに佇んでる。少し距離はあるけれど、僕があの後ろ姿を見間違える訳が無い。
あれは他の誰でもない、彼女でしょう…?
「名前!!」
『………………』
「何してるのこんな所で!傘が無いなら屋根がある場所に―――」
走って彼女に近付いて、傘を傾けた瞬間。びしょ濡れで振り返った彼女は眼を赤くして茫然自失な表情で僕を映した。
頬を伝う滴は雨だけじゃない。僕を見てる様で見えていない彼女の眼から零れた涙なんだ。
『……よう、くん?』
「っ、」
『…………………』
「…言いたい事はいっぱいあるけど、とにかく今は黙って付いてきて」
本当は傘なんか投げ飛ばして冷えきった彼女の身体を抱き締めてあげたかった。だけど僕は、彼女を抱き抱えてその身体に傘を預けると、全力疾走で自室へと向かうんだった。
例え今、僕が君を抱き締めたとしても、君は笑ってくれないでしょう…?
(20110415)
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