羊君長編/この声がなくなるまで | ナノ


 


 03.




『うーん…何処が好きかって言われたら困るけど、顔?』



完璧に吹っ切った訳じゃないけれど、前向きに彼女を応援しようと決めた翌日。話題はやっぱり例の話しで、どんな男だ、どうして好きなんだ、質問攻めに合う彼女だけど困苦な顔を浮かべる反面どこか喜悦にも見えた。
自分じゃない別の誰かに向けられた顔だとしても、少しの抵抗はあれど今はそんな彼女すら可愛いと受け入れられる。



「顔って、その人の顔だけが好きなの?それだったら僕も負けてないと思うんだけど」

『自分で言うか普通…』

『だけど否定出来ないから羊は凄いよな、ハハハッ』

『アタシもそんな羊君が好き!』

「でしょう?だったら僕にしておけば良いのに」



お薦め物件だよ、なんて本気の冗談も言える様になったのは錫也のお陰。哉太も哉太で嫌な顔しながらちゃんと話しを聞いてあげてる。きっと彼女は今までそんな優渥さに守られて生きて来たんだろうって、そう思えば僕だってその優渥の中に含まれたいと思った。



『あのね、顔は勿論好きなんだけど本当は違う理由があるんだよ』

「どんな理由なの?」

『アタシ弓道部じゃん?』

「弓道と関係があるって事?」

『うん。この間まで実はスランプっていうか、下手くそだったんだよねアタシ。だけど言ってくれたんだ』

「、?」

『“光が無い”って。それを言われてからアタシは見えない何かが見えた気がして、弓道が本当に楽しくなったの!ちょ、ちょっとは成長したと思うし!』



その言葉を聞くと彼女と昔の僕が重なった。
小さい頃、赤い髪と眼が嫌いだった僕に『綺麗』だと言って希望をくれた事。境遇は違っても、彼女はあの頃の僕と同じなんじゃないかって自惚れる。そうだとすれば彼女の気持ちは痛い程に分かるし、同じという事実が僕に悦びを与える。
そんな事で悦ぶだなんて、本当に僕はどれだけ彼女を想ってるのかな。



『だから、それから気になって…授業中グラウンドで体育してたら無意識に探しちゃったり、食堂とか大勢居るところに来ると居ないか確かめちゃったり…まあ滅多に会えないんだけどね』

『会えないって、部活で毎日会えるじゃないか』

『だって弓道部員じゃないもん』

『え?』

『学校見学に来てた時だったし、入部してくる事も無かったから今も弓道に興味あるかも分かんない。名前だって知らないもん』

『あー、そっか…』



同じ敷地には居る。だけど会いたいと思って会える相手じゃない。
僕だってそうだった。僕の場合同じ敷地どころか昼も夜も真逆になるくらい遠い場所に居たけど…幾ら会いたいと思っても会えなかった。



「名前?」

『うーん?』

「良い恋してるんだね」



僕の恋愛経過が良いものとは限らないけど、彼女を好きになった事は何より良い恋だと思うから。それなら僕と似た恋をしてる彼女だって、良い恋愛でしょう?



『――――うん!先の事は分かんないけど今楽しいよ』



満面の笑顔の背景で春風が吹いて、桜の花弁が彼女の前を横切る。
きっと僕は彼女のこの笑顔を一生忘れない。




(20110413)






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