羊君長編/この声がなくなるまで | ナノ


 


 14,6.




知らなきゃいけない事を教えてくれた彼に一言お礼を伝えたら、アタシは錫也へ電話を掛けた。こんな時に限って羊君へ電話する厚かましさが、足りなくて。せめて誰かに聞いて欲しかった。自分の想いが何処にあったのかを。



《もしもし?どした?》

「あのね、今、寮の前に居る…」

《…直ぐに行くから待ってて》



既に門限の時間は悠に越えて0時を過ぎてる。そんな時でも走って来てくれる錫也の優しさにも、今まで見て見ぬフリして来た様な気がした。



「……ごめん」

『ハハッ、らしくないなぁ。それでどうしたんだ?羊と話ししたのか?』

「知ってるの?」

『何となくそうじゃないかなって思ってただけ』

「…じゃあ、羊君が喧嘩した理由は?」

『、』

「錫也と哉太は、知ってたんじゃないの…?」

『―――……羊は、お前に言わない、よな?』



やっぱりそうなんだ。知らなかったのはアタシだけ。それが皆の心遣いだって分かるけど…教えて欲しかった。
知らない人に何言われたって悔しくない。だけどアタシの知らない影で羊君が傷付いてた事が悔しくて仕方ないよ。面でも裏でも守られてばっかで、与えて貰うばっかで、アタシは羊君に何もしてあげられてない。酷い事しか言ってない…!



『……そっか。羊と話した後、そんな事があったんだ』

「アタシ、あの人に感謝してるよ。錫也も哉太も羊君も、絶対言ってくれなかっただろうから」

『出来れば、隠しておきたかったんだ…』

「分かってる。それが皆の愛情だって分かってるよ。だけどアタシは知らないままは嫌だった。だから、あの人に教えて貰って、あの人が好きな人で良かったって思ったよ…?」

『………………』

「だけどもう、今更分かったって遅いよ…羊君は居ないんだから…」

『羊の事、好きなのか?』



あの人が好きだと言ってたアタシを冷めた眼もしないで憂愁な顔で覗き込んでくれる。自分の発言に責任も持てないでコロコロその場の感情でモノを言うアタシを軽蔑しないで見守ってくれてる。
ちゃんと周りを見てみれば、どれだけ恵まれてたのか痛いくらいに分かった。



「羊君が好きなんて、言えないけど、多分本当はずっと前から好きだったよ…!」

『…うん。俺も名前は羊に惚れるなって思ったし』

「へ、」

『だってさ…俺と哉太もお前を大事に想って来たし守って来たつもりだけど…。羊と同じ広さで想ってたとしても、羊とは重みが違うだろ?』

「…どういう意味?」

『アイツはいつ会えるかも分からないお前だけを想って、国も家族も置いて1人で来たんだよ?幾ら幼い頃に日本に居たって言っても地理なんか分かる筈ない。右左も分からない場所で、言葉さえ違う場所で、名前の為だけに此処に来たんだ。それがどれだけ凄い事か、分かる?』

「…………………」

『こっちに来てからも羊はいつだって名前を見てた。誰が見たって安易に分かるくらい、可愛くて仕方ないんだろうって愛しい顔してずっと見てた。喧嘩の理由だってそうだろ?あの時、僕は嫌われても良いから彼女には聞かせたくない、そう言ったのは羊だったんだよ』

「羊君が…?」

『羊の気持ちは今でも変わらないから、遅いなんて事は無いよ』



錫也はそう言うけど、それでも…。アタシは散々羊君を傷付いて無碍にしてきた。アタシには羊君を好きでいる資格なんてない。況してや伝えて良いなんて思えない。
幼馴染みとして、友達として、親友として。ううん、それ以上の感情だったけどアタシも羊君に好きだって言って来た。だけどそれは羊君が求めてた想いじゃない。
アタシだけ愛情を求めて、アタシだけが利得を貰って、アタシが羊君の気持ちを踏み躙ったんだ。
そんなアタシが言って良い訳ないよ。それに、羊君は明日フランスに………



『名前』

「!」



その瞬間、いつになく無表情な錫也が右手を振り上げたから絶対叩かれるだと思った。絶対、アタシに呆れて殴るんだって思った。
だけど、錫也は――



『…俺は、これがお前に対する愛情だと思ってるから敢えて言う』

「、」

『今のお前は、嫌いだよ』



トン、と両手の暖かい体温で頬っぺたを包んでくれる。
嫌いなんて言いながら、最高の優しさを与えてくれる。



「すず、や、」

『名前は今まで羊に貰ってばっかりだって分かってるなら何で返してあげないんだ』

「それは、」

『羊が一番喜ぶ顔をさせられるのは誰なんだ?俺や哉太じゃない、名前だろ!』

「―――――――」

『好きならちゃんと伝えろよ、羊が言ってくれたみたいにお前も好きだって言えば良い。羊の愛情が嬉しかったなら今度はお前がアメリカに会いに行くってくらい言ってやれよ!』



止まってた筈なのに…錫也が優し過ぎて、錫也の顔がぼやけてくる。
アタシが間違った時、気付かないように道を照らしてくれたのは錫也だった。アタシが跌かないように、後ろから見てくれていたのは哉太だった。
そして、道の先で笑顔で待ってくれてたのは、誰よりアタシを愛してくれてた羊君だった。



「錫也…ごめ、なさ、」

『泣くな。明日不細工になるぞ』

「それは、やだ…!」

『だったら泣くな。ちゃんと笑顔で、羊に言ってあげて』

「うん、ちゃんと、伝える、」

『よし。今の名前は俺が好きな名前だよ』

「っ、ありが、と…!」

『だから泣くなって言ってるだろー?ああもう…ほらハンカチ……って鼻噛むなよ…』



本当、1人じゃ生きていけない奴だよなぁ
そう言って錫也はアタシの頭を撫でてくれるんだった。

ごめんね、有難う。
何十年も溜めて来た言葉だから一言じゃ足りないけど…錫也と哉太が居てくれたから、アタシは羊君を好きになれたんだよ。




(20110424)






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