羊君長編/この声がなくなるまで | ナノ


 


 14,5.




羊君がフランスに帰るって聞いた時、アタシは裏切られた様な感覚だった。あんなに毎日一緒に居たのに、好きだって言ってくれてたのに、楽しい時も哀しい時もずっと傍に居るって約束してたのに。
嘘吐きなんて言いたくなかったけど、言わずには居られなかった。それだけアタシの中に居る羊君は大きくて深い人だったから。

“全部が宝物”
それはアタシも同じ。羊君と過ごした幼い記憶も、一緒学校に通った事も、全部の思い出が大切なのに。

“これで最後。愛してるから、さようなら”
羊君に逢えないなんて本当に嫌だ。最後なんて、さようならなんて、言って欲しくなかった。
直ぐ傍に居た人が明日居なくなるなんて、信じたくないに決まってる。哀しいなんてもんじゃないんだよ。つらくて、つらくて、笑えない。



「うっ……ひっ、く…」



行かないで、行かないで。
羊君行かないで。
1人きりになった静かな屋上庭園でアタシはずっと馬鹿みたいに泣いてた。引き止める事も出来なかったのに、引き止めさせてもくれなくて、泣く事しか適わない。
そんなアタシの隣に誰かが座る気配がして、羊君が戻って来てくれたんだって顔を上げれば、



『こんばんは、名前先輩』



あり得ない、その一言に尽きる彼、アタシが好きだって想い続けてたあの人が居た。



「な、んで…」

『え?何で名前を知ってるかって事ですか?先輩って有名だから自然と記憶しちゃっただけですよ』

「ちが、どうして、こんなとこに…」

『駄目ですか?今日は何だか眠れなくて。気分転換に星を見に来たら先輩が居た、それだけの事です。それよりどうしたんですか。可愛い顔が台無しですよ』

「………………」



嬉しい、筈なのに嬉しくない。あれ以来話しをする事も無くて、名前を知っててくれただけでも幸せな筈なのに。
…羊君じゃ無かった事が、哀感で、しんどい。



『え、ちょっと余計に泣かないで下さいよ!僕何か悪い事言いました?こういうの慣れてないんでどうしたら良いか…』

「ご、め…大丈夫、だから…」

『大丈夫、って顔じゃないですよね…話したくないなら仕方ないですけど…』

「………………」

『……図々しい事を承知でお願いするんですけど、ひとつ僕の話しを聞いて貰えませんか?』

「え……?」

『勝手に話しますから適当に無視して下さい』

「………………」



そう言いながら彼は星を眺めながら口を開いた。
アタシを心配してくれてる素振りを見せてもマイペース。何だか変な空気だって思わずには居られなかった。



『1週間くらい前の話しです。男の俺から見て、とんでもなく嫌な2人組が居たんです。何て言うんですかねー、昼ドラにでも出て来そうな性格の悪い女性、そんなタイプの男2人です』

「………?」

『ああだのこうだの変な妄想して、ある女性を悪く言ってました。何だか見てられなくて僕は茶々入れに行ったんですよ、不細工な人に限って軽率な発言をするのは本当だったんだって』

「………………」

『適当にからかったら僕は満足だったし、直ぐに逃げようって思ってたんですが、僕の発言に腹を立てた相手が殴り掛かって来たんですよね。当然躱す自信もあったし予想してた事なんでさして驚きはしなかったんですけど計算外の事が発生しました』

「、……………」

『女性顔負けの美男子が僕の代わりに殴られてくれたんです』

「え…?」

『一発殴られて、それで終わる筈も無く…。2人組の男達は懲りずに彼の容姿を貶し始めて、また女性の事も口にしました。その瞬間彼は怒ったんです。容姿に似合わず喧嘩慣れしてるみたいで、それからは彼の一方的な勝ち戦ってやつですね』



ちょっと、待って……?
それって何処かで聞いた様な話しじゃ、ない?
1週間くらい前って、羊君が喧嘩した時と同じ日にち…。



『見ていてスッキリする喧嘩ではありましたが、彼の右手は酷い事になってましたし、相手もこれ以上は病院送りになりそうでしたから流石に止めに入りました。理性を失ってたんですかね…僕の制止の声で眼の色が変わりまして』

「………………」

『こっちにとばっちりが来たらどうしようかと思いましたが落ち着いてくれて安心しました。そこで思ったんですよ』

「、」

『僕は何に対しても執着出来ない人間だから羨ましいなって。彼はきっと悪く言われてた女性が好きだったんだと思うんです。だから許せなくて無我夢中で相手を殴った。そういう無性の愛って言うんですか?誰かを信じて愛する事が出来る、最高に格好良い人だって思いました』

「それで…?」

『すみませんこれで終わりです。つまらない話しでした?』

「そんな事無い…だけど教えて欲しい」

『何をですか?』

「その、赤い髪の男の子は、何を言われて怒ったの…」

『…………はぁ。僕は赤い髪だなんて一言も言ってないんですけどね。その様子だとやっぱり分かってるんじゃないですか。先輩の彼氏ですか?』

「…ちがう」

『じゃあ尚更幸せ者ですよね。本当に羨ましい限りですが…全部喋っても平気なんですか?』

「うん」

『なら僕が見た事全てお話ししますよ』



アタシが縦に首を振れば彼は事細かく全てを教えてくれた。羊君の優しさと、羊君の愛情を、全部。
何でアタシ、それに甘えるだけで手を伸ばさなかったんだろうって……今更気が付いた。もう遅過ぎるのに。




(20110424)






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