15.
僕は結局、彼女をまた泣かせてしまった。どうしてこうなんだろう。笑ってバイバイって言ってくれたら良かったのに。だけど今回は僕が8割、彼女が2割。それくらいの比率での非だと思うんだ。
だってそうでしょう?彼女が無神経で良い性格してたら、泣かなかったと思うし。誰にでも心を開く、長所の所為だよ。
それでももう本当に最後だから。
僕の所為で哀しませるのも最後だよ。だから、僕が居なくなったら、また錫也と哉太と3人で笑っててね。
「ん…ムカついちゃうくらい良い天気」
夜が明けて星が隠れたなら僕はキャリーを引いて寮を出た。搭乗時刻にはまだ少し早いけど、皆が起きて来る前の方が良い。合わす顔も無ければ名残惜しくなる。
それならいっそ、このまま消えた方が楽なんだ。
錫也、哉太、今まで有難う。楽しかった。君達の写真は持って行くから、これからはそこで会おう。
名前。
僕に、色んな気持ちをプレゼントしてくれた事忘れない。僕はこれからも君だけを想ってるから、どうか、幸せになって下さい。
君が笑わない世界は僕にとって価値が無いんだからね。
本当に、有難う。
「よし、行こう」
ガラガラと音を立てて走るキャリーに笑いひとつ溢して、山羊座寮に一礼したら振り返らず真っ直ぐ門を目指した。あっという間、だったよね。たった3ヶ月だもん。当然と言えばそれまで。
だけどその3ヶ月は僕が16年生きて来た中で凄く色が濃い時間だった。こんなに楽しい生活は初めてだと思えた。
やっぱり後ろ髪引かれるけど…僕は、前に進むよ。彼女を想う気持ちさえあれば歩けるから。
この土地の感触さえ忘れたくなくて一歩一歩踏みしめて歩いていると……。
20メートル先の門には、口をへの字に曲げて、眉だって寄せて、凄い顔してるのに可愛いとしか思えない彼女が立っていた。
嘘でしょう?まだ寝起きだから、幻覚でも、見てるのかな…?
『羊君の、馬鹿ー!!』
「っ、」
『何で最後まで黙って出て行くの!昨日怒ったばっかりじゃん!まだ怒らせたいの…!!』
幻覚、じゃ、ないらしい…。
彼女は僕の眼にハッキリ映って本気で怒ってる。じゃあ、まさかずっと此処で僕を待っててくれたの……?
『でも、馬鹿なのは、アタシ、だった…!』
「、」
『羊君の愛情に甘えて、自分の気持ち見えてなかった…!居なくなっちゃう迄、気付かなくて、ごめんね…!』
彼女は今まで見たのとは違う、綺麗でも何でもない小さな子供みたいに泣いた。まるで両親に怒られて泣きじゃくる子供みたいに。
『今度は、アタシが行く!アタシがアメリカに会いに行くから待ってて!』
「え…?」
『羊君がアタシに会いに来てくれた事、本当に幸せだって思うから、今度はそれをアタシが羊君にあげたい…!』
「名前……?」
『アタシ、羊君がアタシの事好きだって思ってるより羊君が好き、大好きだよ、愛してる……!!』
「―――――――」
どうして…?彼女には好きな人が居るんでしょ?
それなのに、僕が、好き?
あの人じゃなくて、僕が、好きなの…?そんな冗談、嫌がらせには持って来いだけど……、
『羊君、ちゃんと聞いてる!?アタシ人生初めての告白なんだよ…羊君にしか、言わないんだよ…!』
「っ!」
右手に持ってたキャリーは投げ捨てて、僕は彼女を抱き締めたくて全力疾走。こんな告白、ズル過ぎる。やっぱり彼女は、僕に幸福をくれる天才だ。
「名前!」
『羊君、』
「今の、本当なの…?」
『嘘なら泣かない…!』
「後で冗談だって言っても離してあげないよ…?」
『離れたく、ない』
「僕はもう、此処に居ないんだよ…?それでも、」
『羊君が良い…!』
彼女もだけど、神様もズルいよね。ハッピーエンドを用意してくれてたならもっと早く教えてくれたら良かったのに。
せっかく捕まえたこの手を、直ぐに離さなきゃいけないなんて。良い性格、してる。
『羊君…?泣いてる?』
「あの時、君の前じゃ泣かないって決めてたんだけど…可笑しいな」
『それは、嬉しいからで良いの?』
「…当然でしょ?」
『だけど、離れてて嫌じゃない?嫌いにならない?浮気、しない…?』
「名前しか見えないのに、どうやって浮気すれば良いの…嫌いになれる方法があるのなら、教えて欲しいくらいだよ…」
『うん…嫌いにならないで…』
「だから何度も言ってるでしょう?愛してるって…好きで好きで、堪らなく好きで、参っちゃうくらいだよ…?」
『参っていいよ…?アタシも参ってる、もん……』
行っちゃ、やだ
息だけで呟いたって0の距離じゃ僕に届く。
離れたくない。行きたくない。名前と一緒に過ごしたい。閉じ込めてた思いが一気に爆発する。何年も我慢して、近付いても押さえて、やっと手に入れたのに…サヨナラなんかしたくない。彼女にまたねなんて、言えない。
「名前、僕が好き?」
『好き、好き』
「っ……、僕が居なくても泣いちゃ駄目だよ…?」
『うん、』
「あの人の事も、忘れてなきゃ嫌だよ…?」
『何の、話しか分かんない』
「そっか、それなら良かった」
『……良くないよ』
「……………」
こうしてる間にも時間は刻々と迫って来る。だけどもう少し。せめてもう少し。彼女が腕の中に居る事を焼き付けさせて。
歯を食い縛って願うと、途端に着信を告げる僕の携帯。見なくても分かる。父さんだ。
「…ちょっと、ごめんね。もしもし?」
《アンリ?もう飛行場には着いたのかい?》
「あ、今、行くとこだよ」
《……アンリ。アンリが取ったチケットはキャンセルにしたんだよ。荷物だってそっちに戻した》
「―――え?今、何て…」
《父さんはよく考えなさいと言ったね?だけどアンリは考えもしないで返事をした》
「…………………」
《好きだからお前が追い掛けた彼女はそんな程度の存在なのかい?》
「父、さん…」
《可愛い息子が言った初めての我儘だ。父さんは叶えてあげたかったんだよ》
「――――――」
《本当にアメリカに来る気があるなら、もう一度自分でチケットを取りなさい。自分で支度をしてアメリカに来なさい。そうじゃないのなら…夢は逃げないんだからもう少し先延ばしにしたって良いじゃないか》
父さんはいつもそうだよね。僕の望みを何でも知ってる。
僕が夢を叶えたい事も、彼女が大事な事も全て。だから、僕は父さんが好きだった。
「有難う、父さん…」
《…頑張るんだよアンリ》
「うん。ありが、とう」
《また彼女との写真を待ってからね》
神様はズルいなんて言ってバチが当たるのかな。こんなに喜悦な事って他にない。
まだ僕は、彼女と一緒に居られるんだ。彼女の手を、離さなくて良いんだ。
『ようくん…?』
「名前。本当にごめん」
『え?』
「もう少し一緒に居させて。此処で、君と一緒に暮らしたい」
『それ、って…』
「うん…一緒に卒業しよう」
『!』
最後なんて言ったくせに何度彼女を泣かせたら気が済むんだろうね。わんわん泣き喚く彼女を見たら溜息さえ溢れて来る。でも、さ。
こんな彼女なら見ていて幸せだって思えるのは身勝手なのかな?
「名前…キス、しようか」
『え?そ、そんな、急に…!』
「大丈夫だよ。初めてじゃないから」
『…………………羊君、アタシしか見てなかったって言いながら他の人と…』
「そうじゃないよ。名前と前にしたんだもん」
『へ?』
「ごめんね。黙っておくつもりだったんだけど時効にならない、かなぁ?」
『何それ!どういう事!ねえ羊君………っ!』
「二度目のキス、初めてより甘い気がする」
『よ、羊君!!』
「名前、愛してる」
何が何だか分からない顔して叫んで彼女だけど、三度目のキスをすれば2人揃って泣きながら大笑いするんだった。
ねえ、君は今幸せですか?
(END.)
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完結です。
このお話しは全部書き上げてからサイトに上げたいと思ってちまちま書いていたんですが、最後ガガッと1日で仕上げました。お陰で文章がちゃらんぽらんかと思われます、すみません…。
そして元好きな人、梓くんのつもりなんですがご理解頂けるでしょうか。羊君に並ぶくらい好きなキャラなのでイメージ崩してなければ良いなと祈るばかりです。
ここまでお付き合いして下さいました方、いらっしゃいましたら有難うございました!お見苦しい文章に付き合って頂けて幸せです!
(20110424)
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