羊君長編/この声がなくなるまで | ナノ


 


 14.




嘘吐き。
脳内で繰り返される彼女の声に哀愁を浮かべたら、錫也が僕の頭に手を置いた。驚いたし、信じたくないけど、気持ちは分かるよって。
何で錫也はいつも僕が口にするより先に察してくれるんだろう。その優しさが、今は痛くて痛くてどうしようも無かった。
哉太は彼女に全て台詞を盗られたみたく怪訝な顔して頭を掻いてたけど、結局皆、僕が帰る事を嫌がってくれてる。引き返す事は出来ないのに、皆の艱苦なその顔が、僕の決心を鈍らせた。



「…来て、くれるかな」



“今夜9時、屋上庭園に来て下さい”
僕から彼女への一方的なメール。
ちゃんと嘘を突き通せてたなら有難うだけを伝えるつもりだった。だけど彼女に知られた以上、1から自分の気持ちを伝えたいって思ったんだ。彼女がそれをどう受け取るかは分からないし、呼び出したって来てくれるかも分からない。そのメールだって、読んでくれてるか分からないし…。
それでも彼女を待っている時間は苦痛にも思わないから。もしも彼女が来てくれなくたって、僕は朝まで君を待ってる。それが今日僕に出来る唯一の事だから。



『…………羊君』

「来て、くれたの?」

『…アタシ、何も言わないよ』

「え?」

『羊君が何言ったって、喋らない…怒ってるから……』

「……有難う。それで良いんだよ」



9時15分。彼女は来てくれた。
もしかするとこの15分は行くか行かないか迷ってたのかもしれないよね。それでも来てくれた事、幸せだよ。



「何から話せば良いか迷うんだけど、やっぱり謝るのが先かな…本当にごめんね。黙ってて…」

『………………』



宣告通り彼女は固く口を閉ざして開いてくれる気は無いらしい。空を見上げて星だけを映してる。
メールに続いて、今から僕が一方的に話すだけだけど耳に入れてくれたら嬉しい。



「大概しつこいしもう分かってると思うけど、僕はね、本当に名前が大好きだよ。小さい頃出逢ったあの時からずっと、名前があの人を想う感情と同じ意味で愛してた」

「今までフランスで生きて来て、絶対もう一度逢いに行くって決めたのもあの時だったんだ…。僕は君の為なら何でも出来るって信じてたから」

「だからこうしてまた逢えた時は感激で、言葉が出ないくらい嬉しかったのを覚えてるよ。名前はあの頃より大人になったけどやっぱり懐かしくて。一目見て今でも好きだなって思えた」

「それからは色々あったけど、錫也と哉太とも友達になれたし楽しい生活を送らせて貰えた事を感謝してる。名前が居なければ僕は今でも孤立してた筈だからね。本当に有難う」

「そして…名前は好きな人が居るって言ったよね。気付いてたかは分かんないけど僕、始めはショックで心臓が止まるかと思ったんだ。自分じゃなかったのも悔しかったし、だけど振り向いて欲しくて会いに来た訳じゃない。名前が僕を好きになってくれたら嬉しかったんだけど、そんな事をする為に来たんじゃないから…」

「それに気付かせてくれたのは錫也だった。名前が好きだから名前に幸せになって欲しいって。教えてくれたのは錫也だったんだよ。そう気付いてからは僕も名前の背中を押して上げられる存在で居たいって思うようになって…」

「だからかな。名前が泣いてるのを見付けた時は腹が立って仕方なかった。名前が好きなあの人にじゃないんだよ、僕自身に。僕は君を笑わせてあげる事も出来ないくらい非力なんだって、歯痒かった」

「でも次の日、僕に有難うって言ってくれて救われた気分になったんだよね。不謹慎だけど名前が僕の部屋に泊まってくれた事も、内緒の話しも、全部僕の宝物になった。勿論、喧嘩の心配してくれた事も、ひとつのお菓子を一緒に食べた事も、僕の好きとは意味が違っても君が好きだと言ってくれた事全部が宝物…」

「そう思ってたから、フランスに帰る事は言えなかったんだ。最後までずっと、そのままの名前で居て欲しかったから。名前は優しいから僕が帰るって言ったら落ち込んでくれるでしょう?そんな気持ち、僕に使わないで良いんだよ、勿体ないもんね」



ゆっくりとそこまで話すと、空を見上げたままの彼女は静かに涙を頬に伝わせてた。嗚咽も無い、声も無い。だけどボロボロと滴を落としてた。
これ以上彼女を怒らせたくはなかったけど、堪えきれなくて後ろから包み込んでみる。でも彼女は僕の腕を振り払う事なんてしないで、そっと手を重ねてくれた。



「名前……。僕ね、君が好きだよ。大好き、愛してる。幾ら言ったって伝えきれないくらい愛して、愛して、愛してるんだ。声が枯れても、無くなっても良いからずっと伝えていたかった」

「だけど今日が最後だよ。君に伝えるのは、最後」

「だからって、僕が名前を好きな気持ちは絶対に無くならない。フランスに居ても、アメリカに居ても、君だけを想ってる。それは約束する」

「僕が居ないからって、泣かないで。名前には錫也が居る。哉太が居る。あの人だって居るんだから。君が好きになったあの人は絶対良い人だって僕には分かるんだ。自信持って幸せになって」

「場所は離れても、同じ空の下に居る限り僕は名前が笑ってるって信じてるから―――」



今日、キラキラと輝く星の下で僕は初めて自ら彼女の手を離した。
今まで僕に沢山のモノを与えてくれて有難う。誰よりも愛してるから、さようなら。




(20110424)






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