05.
心地いい温度だったのに、一変して熱くなる。
彼女一の語一句で揺れる心臓さえも愛おしい。
03.桃太郎と犬の旅 (西谷)
訳の分からない数字と記号の羅列を眺めて、日本語とは思えない外国語のような暗号の物語を聞かされて、4時間程過ぎたらチャイムが鳴った。
今日も午前中の試練は乗り越えた、精神的苦痛から開放されたなら待ちに待った昼飯の時間。
しかし本日は。
「俺の昼飯ねえよ……!!」
教科書は全てロッカーと机に詰めてるせいで唯一の鞄の重みである昼飯すら重量はない。
『のやっさん、購買行くなら付き合うぞ』
「龍!行くか!ジュース奢ってやる!」
『のやっさんカッケー!』
龍だって十分良い奴、良い男じゃねぇかなんて噛み締めていざ戦場(購買)へ出陣、財布を握り締めた瞬間だった。
『たのもー!!!』
本来ならガラガラと、騒音にはならない程度のドアの音が、突如ドンッと爆発音の様な音を響かせて教室は静まり返る。
「花子先輩、」
『あれ、どしたんスか!もしや…のやっさんに会いに〜??』
『そうそう!ちょっと旅に出るよ』
さながら猿と犬をお供に鬼ヶ島へ行くような意気込みの花子先輩は真剣そのものだ。
購買に行かなきゃ行けねぇのは山々だが、そんな彼女を無碍にすることは俺には出来ない。
旅だろうが、お供だろうが、何処へだって着いて行くに決まってる。
「龍、行くぞ!」
『いや、俺先生に呼ばれてるだろ?花子先輩、悪いけどのやっさんだけ連れてってやって』
『そうなの?うん分かった』
龍が先生に呼ばれた?そんな会話あったか?
俺が余りにも勉強ストレス感じてたせいで先生の話も飛んでたんだろうか、瞠若して龍を見ると、
『(頑張ってこいよ!)』
「!」
親指を上げてグッドラックのポージング。
なんだよお前、2人きりにしてくれたってやつかよ。マジで龍のがカッケーじゃんか。
感泣を堪えて、俺も龍に敬意を込めて親指を立てると、俺の好きな温度が手を包む。
『夕、行くよっ』
「ウッス!何処でも何処までも連れてって下さい!!」
『宜しーい』
掴まれた手をそのままブンブン振り回して同級生の群れを交わしてく。
まるで幼稚園児の遠足、園児の桃太郎の劇だけど、キョドった顔した周りの痛い視線なんてどうでもよくて、世界には2人しか居ないような錯覚すらくれる。彼女に引っ張られるこの手に全神経集中させれば、あっという間に辿り着いたらしい旅の目的地は部室だった。
「花子先輩、忘れ物でもしたんスか?」
『忘れ物では、ないけど』
「じゃあ何で部室?」
『デートに決まってんじゃん、ねっ』
「っ、」
デート、デート、デート。
そんな満面の笑みで告げられたら鼻血出そうっス。
皆は揃って馬鹿だ馬鹿だって言うけどお前等が馬鹿だと言ってやりたい。こんな可愛い人前にして馬鹿馬鹿言って気が済んでるお前等の脳みそが馬鹿なんじゃねぇかと。
『はい、夕。これ』
鼻を必死で抑えて悶える俺に、不意に差し出されたのはサンドイッチに焼きそばパンだった。
「花子先輩これ、」
『アタシが夕のお弁当食べたから、今度はアタシが夕のお弁当用意する番でしょ?』
「花子先輩…………」
『4限、お腹痛いって抜けて真っ先に購買行ったの!偉いでしょ!』
「偉いっつか、優しすぎ!!もう俺感銘ス!!」
『はい、もっと褒めて褒めて』
「花子先輩最高っス!可愛いっス!」
『やだもー当たり前な事言わないでよー!』
別に、弁当を奪われたとか、昼飯が無くなったとか、そんな事は今朝も今も思ってない。
だけど彼女が、俺を気にかけていてくれた事、その気持ちが何より嬉しかった。
『あのね、』
「はい!」
『夕は、何で怒らないの?』
「怒る?何を?」
『アタシ勝手にお弁当食べたでしょ?』
「ああ、別にそんな事どうでもいいし」
『それでも、皆アタシが適当な事してたら怒るじゃん?まあ、皆というか……大地が』
「ははっ、大地さんはもう教育パパみたいなもんスからね!」
学校にまで父親なんて要らないし
うちのパパあんなにガミガミ怒んないし
ブツブツ怪訝を飛ばす彼女に頬を緩まされて、俺は負けじと彼女の頬を包んでやる。
「花子先輩は、このままでいいから」
『、どういう意味?』
「自由奔放に皆振り回して、それだけで皆笑うから」
『本当に?』
「少なくとも俺はそういう花子先輩の隣で笑いたいと思ってます」
『ーーーーー』
だから、いつも俺を見てくれてありがとう
声にするなり彼女は大きな黒眼が無くなるくらい柔らかく微笑んだ。
普段のヘラヘラ顔ですら可愛いのに、こんなの見せられたらもう“ 好き”だけの表現じゃ足りねぇよ。
(卑怯ス、先輩)
(あ、鼻血出てる汚い)
(すんません許して)
(20180201)
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