03.
追い掛けて捕まえたい。
捕まえたら笑ってほしい。
そして実感させて、好きなことを。
03.手を伸ばしたくて (西谷)
『どこに行くんだ西谷』
「っ!」
『レシーブ練習なのに、リベロが居ないなんて無いよな?』
「あー、もちろんス!」
『宜しい。はいコート入った入った』
「っス………………」
大地さんがボールを放って、龍が得意気に捌いていく。いつもなら左の口角をキュッと上げてボールに飛び付くのに、今はニヤける龍の顔すらムカついてくる。油性ペンで眉毛を繋げてやりてぇと思ったのは口にはしないでボールの感触を噛み締めた。
『眉間、シワ出来てる』
「、スガさん」
『分かる分かる、行きたいよねー花子んとこ』
「え、」
『大地に怒られて出て行ったけど、きっとアイツに限って校庭なんて走ってないから大丈夫だよ』
「…………」
走ってる訳なんてねぇから、行きたいんスよ。
さっき無理矢理みたく引っ張ってきたのは俺で、走って疲れた彼女は怒られた。あの説教が効いてる筈が無いにしても俺の所為だし、何処行って何してんのか、気になるに決まってる。
そんな事は言わなくともスガさんには見透かされてて、なんでもかんでも理解ってます〜て優しい顔しながら楽しんでるもんだからタチ悪いっつの。大地さんが目立って先頭立ってるからアレだけど、スガさんが実は支配者なんだってこと分かってんスよ。
『西谷のそういうとこ、俺は好きだよ』
「、は」
『バレーもだけど、真っ直ぐ一直線、猪突猛進〜てとこ羨ましいな』
「そ、そそんな事、ありますけど、」
『皆どこかでセーブかけたりするじゃん?西谷はそんなの無いから俺も憧れてるし、応援したくなるんだよなぁ』
「スガさん……」
タチ悪いなんて言ってすんません、俺だってそんな嬉しい事言ってくれるスガさんに惚れそうっス。
男同士だからこその友愛にじんときちゃって感慨に耽る俺だけど、
『そこ!!西谷とスガ!雑談する余裕があるなら坂道ダッシュさせんぞ!』
「ひーっ、すんません!!」
『雑談なんて酷いな大地、俺がバレーに対してふざけてやってるとでも言いたいのか?』
『そ、そうだな、悪かった』
『分かってくれたなら嬉しいよ』
「…………………………」
改めて、スガさんは裏の支配者だと確信した。
『『お疲れっしたー!』』
一通り身体を動かせばやっと朝練は終わって、猛ダッシュで体育館を後にした。
もう自分の教室に居るんだろうか、それともそこらでジュースでも飲んでるんだろうか、彼女の行き先は分からないけど右左に視線を移す。
「居ねぇ……てことは、部室か」
誰よりも先に彼女に会える様に、さっきまで重かった足で地面を蹴りつける。花子先輩が居ると思っただけで身体に羽根が生えた様に軽くなるから、マジで恋ってのは素晴らしいと思う。まあこれも全部、花子先輩が可愛い所為なだけなんだけど。
「花子先輩居ますかーーー、と、」
階段を駆け上がってドアを開ければ、眼を閉じて小さな二酸化炭素を吐く彼女が、窓からの朝日を背負ってた。
なんだよもう、マジ可愛い、マジ綺麗、マジ眩しい。
一目で分かる、他の誰よりもひと回りもふた回りも小さい学ランを被ってるとか、役得どころじゃねぇし、2度と洗う気も起こらねぇ。これ写メしか無くね?そうロッカーから鞄に手を伸ばした瞬間、後ろから声が飛んだ。
『はぁ……またコイツはこんなとこで……』
『まあまあ、もういいじゃん大地』
『スガ、あんまり甘やかすな』
くっそ、誰にも見せたくなかったのに。
こんな神々しい姿、写メ撮ったらすぐ起こして、俺だけのもんにする予定だったのに。
『西谷、起こしてやって。そのまま授業中も寝そうだからな』
「、ウッス」
大地さんの溜息と一緒に、俺も彼女へ手を伸ばした時だった。
『っていうかさー。このヒト、ご飯粒なんか付けて早弁してたんじゃないですかー』
「早弁?」
月島の声でやっと、彼女だけしか見えないフィルターが解けて、周りの景色を理解すれば息が詰まる。
『は?弁当食って腹いっぱいなったから寝てたって事か?!しかも花子が枕にしてペチャンコになってる鞄、俺のじゃねぇか……!この馬鹿……!』
『さすが色気も羞恥心も無い馬鹿ですねー』
早弁、ご飯粒。花子先輩の横に転がる真っ黒の弁当箱。
見覚えのあるソレは女の子にはデカすぎる箱なのに。
『花子って、こんな大きな弁当持って来てんだなー』
「……………ス」
『ん?何か言った西谷?』
「その弁当、俺のっス」
『『………………』』
「俺の、弁当箱っス」
彼女の寝顔、彼女が被った学ラン。
幸せなのは撤回する気もねぇけど。
ただ、
『な、泣くな西谷!』
『あはは、やっぱり花子って馬鹿過ぎて面白いなー!ハハッ』
ただただ、今日の昼飯を思うと視界がじんわりと滲んだ。
(先輩、可愛い事が罪っての、こういう時に使うんスか?)
(20180128)
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