君が咲いて僕も、咲いた。 | ナノ


 


 17.5


変わらない情愛に暖かさを噛み締めて、また好きを繰り返した。



17.5 家族団欒の秘訣 (夜久)



『じゃあ監督、俺達はここで』

『すみませんお母さん、生徒達を宜しくお願いします』

『いえいえ、お任せ下さい、猫又さんもゆっくり休んで下さいね』


烏野を出発してバスで向かった先は宿泊ホテル、では無く花子の自宅だった。
俺と黒尾と研磨を降ろして監督が花子の母親に頭を下げる。宮城に行けば花子に会える、そんな期待はあったけどまさか彼女の自宅に招かれるというオプションが付いて来ようとは。
花子のお母さんは初めましてだし、自宅にお邪魔するのも初めてで、喜悦だけど緊張は否めなくて、心臓がバクバク、このまま爆発しそうだ。
それに監督もそんな特別行動、よくもまあ許可したもんだ。仮にも青春真っ盛りの男女が夜通し一緒に居るって言うのに。そ、そりゃ2人きりでないし、そんなつもりは無いけど!
それだけ黒尾達や、御両親を信頼してくれてるって事か。


『じゃあ皆、入って入って』


手招きされて玄関を潜ると香ばしい食欲を唆る香りが広がって。俺と真逆に慣れた様子で靴を脱ぐ2人。


『『母さん、ただいま』』

『はい、おかえりなさい』


……………え?今何て言った?
俺の耳が可笑しくなければ母さんって言わなかったか?何で母さん?その人は花子のお母さんであってお前等のお母さんでは無い。そしてただいまとおかえりのやり取りって一体。


『相変わらず、てっちゃんとけんちゃんは可愛いねー!!昔、ただいまと母さんって呼んで欲しいって私が言ったのまだ覚えてくれてるのね!』

『当たり前だろ、ウチではむさ苦しいだけで可愛くないって言われるけどなぁ、やっぱそう言ってくれるおばさんが一番良いや 』


アイドル顔負けな爽やか笑顔で肩をポンポン撫でる黒尾なんて俺は1度も見た事が無い。


『俺も。いつも優しいおばさんが好き』


好き?今発言したのは本当に研磨なのか。研磨が誰かを好きだって自発的に言うなんて有り得ない。そんなチャラ研磨なんて俺は信じたくない。
その発言で益々気を良くした花子のお母さんは2人を抱き締めて離さないが、それよりも眼を疑うのは2人が人懐っこい猫に様変わりしたからだ。犬の様に尻尾までは振らずとも顔付きが明らかに違う。

天変地異。青天の霹靂。ホラーでも見てる様な気分で頭痛さえ感じると、


『やっ君は初めましてね。でもいつも話聞いてたから、凄く優しい子なのは知ってるから初めましての気分じゃないの。いつもあの子の面倒見てくれてありがとう』

「ーーーーーー」


やっぱり親子、何処と無く花子に似てる。そんな顔で柔らかく微笑まれたら俺だって胸きゅんだ、コロッと懐いてしまう。初めて会う、しかも以前の学校の男友達にこんなにも暖かい歓迎をしてくれるなんて。
花子の愛想の良さはお母さん譲りなのが良く分かった。


「こ、こちらこそ!いつも花子、さんには優しくして貰って、とても癒されてます!」

『そんな畏まらなくていいから、無理にさん付けもしないで、あの子にさん付けなんて勿体無いから。やっ君も第2の母親だと思って楽にしてね』

「お、お母さん……!」


もう駄目だ、俺はずっと此処で暮らしたい。


『夜久。何馬鹿な事考えてんだよ』

「え、漏れてた?」

『顔に書いてある』

「勝手に読むな」

『はいはいそこの2人喧嘩しないのーっ』


グイグイ、背中を押されてリビングへ通されると和食に洋食、テーブルいっぱいに料理が並んでた。それを見ると更に歓喜が溢れてじんと来る。


『皆座って!お腹空いてるでしょ?食べましょう』

「、でも、まだ花子が、」

『いいのいいの』


本当に良いのかよ、愛娘より先に食事に手を付けるとか大丈夫か?こっそり黒尾と研磨に耳打ちするけど、
『何が駄目なの?』『いつもの事だしな』
何も気にする素振りは無い。
幼馴染って、こんなにすげぇの?いくら幼馴染って言っても普通こんなに自然な家族感は無くね?
黒尾と研磨の偉大さを改めて感じた。


『おばさん、アイツいつも遅いの?』

『うーん、遅かったり早かったり、肉まん食べて来たり?』


いただきます、豪華な家庭料理に感謝して、その美味さに悶えると黒尾が質問を投げ掛ける。
まあ、今日に限っては俺達が先に学校を出た上にバスを使った訳だから遅くても仕方ないとは思うけど。


『最近ずっと夕ちゃんと帰ってるって言ってたから今日も肉まん食べてるかもね』


……夕ちゃん?此処に来て聞き慣れない名前。
バレー部終わった後でも待ち合わせする女友達が居るのか、そのくらいで聞き流したのに黒尾と研磨の眼の色が変わる。


『研磨、夕って、どれだろうなぁ?』

『自己紹介なんて無かったし下の名前じゃ分からない』

『私も会った事は無いけど、やっ君と同じくらい小さいって言ってたかな』


ちょっと待て。俺がち、小さい、のは、この際置いておいてだな。まさか夕って奴は、


『翔陽以外にひとり小さいの居たね』

『リベロの奴だな』

「!」


あの男の事か!いつも一緒に帰ってるって、男だったのか!通りでアイツ等の顔色が変わる筈だよ。俺だってソレを聞けば動揺を隠せない。黒尾と研磨はもう眼を瞑るしかないって諦めてたとこはあったけど、花子が他の男に尻尾振ってるかと思うと物凄く、腹が立つ。
その上リベロだと?確かにリベロとしては優秀だった、プレイは認める。だけど1年やそこら一緒に部活してた位で彼氏気取り?ふざけるな。(俺は1年も一緒に居なかったなんて突っ込みは無しの方向で)


『夜久』

「、」

『顔。鬼の形相なってんぞ』

「な、黒尾だって目くじら立ててるだろ」

『んな事ねぇよ、なぁ研磨ーーー、』


話しの流れから一斉に研磨へ視線が行くと研磨は毛を逆立てた猫そのもので冷徹且つ怒気を込めた眼をこちらへ向けた。


『…………なに?』

『な、んでもねぇよ、なあ、夜久』

「お、おう」


あれだ。普段キレない奴がキレたらやばいやつだ。
あんまり表には出さないけど黒尾だけじゃない、やっぱり研磨にとっても花子が特別なんだと思う。俺だって苛立ってるけど、アイツ等からすれば本来自分達が居る場所に別の誰かが居るんだ。そりゃ良い気は、しないだろう。


『あはは!本当あの子って皆に大事されて羨ましい限りだね』

『おばさんに似たのかもしれねぇな』

『てっちゃんは昔から口が上手いんだから!だけど喜んじゃう』

『おばさん可愛い』


さっき理解したつもりでは居たが、やっぱりコイツ等の変貌ぶりは慣れない。持ち上げまくる黒尾にベタ褒めのけ研磨。明日は季節外れの大雪にでもなるんじゃなかろうか。


『たっだいまー』


そうこうしてる内に当人が帰宅して、元気良い声とは裏腹にリビングの入口で立ち止まり、顔半分だけを覗かせる。
どうしよう可愛い。さっき会ったとは言えどちゃんと喋る余裕は無かったし、こうして久しぶりにゆっくり見ると……好きだな、って。思ってしまう。


『何やってんだよ花子』

『おかえり』

『……なんか、久しぶりに家にクロと研磨が居るから、嬉しくて照れ臭い。やっ君もおかえり』


なんだよ。
可愛いにも程がある。
お母さんと同じく『いらっしゃい』では無く『おかえり』。こんな待遇受ければそりゃ幼馴染だけで終われやしない。ちゃんと花子を受け止めてやらないと、そう言ってた黒尾の気持ちに共感出来る。


『分かったから。早く食わねぇと無くなるぞ』

『クロが花子のさんままで食べてる』

『ええ!?それは許さない!』

『アンタが帰ってくるのが遅いから悪いの!どうせまた肉まん食べて来たんでしょ』

『今日は食べてないもん!アップルパイもあるって分かってるんだから食べる訳ないでしょ!』

『アップルパイは俺が全部食べるよ』

『研磨までそんな事言うの!?』

『だって花子はいつでも食べれるでしょ。おばさんのアップルパイ食い溜めしに来たんだから』

『けんちゃん可愛い!誕生日には冷凍便で送ってあげる』

『俺のさんまは?』

『さんまも送っても良いけど……臭いからてっちゃんママが怒るんじゃない?』


久しぶり、とは思えない出来上がった暖かい雰囲気。家族も同然、その空気が嫉妬以上に癒される。


『やっ君!何ボーッとしてるの?』

「、あ、いや、」

『やっ君の誕生日には冷凍野菜炒めだね!』

『アンタが作ってあげるの?逆に迷惑になるんじゃない?』

『母親のセリフとは思えない』

『大丈夫、私が作ってあげるからね』

『ちょっと!アタシも作れるから!』

「……はは、」

『やっ君?』

「もう、本当、可愛いっすね!親子で」

『あらやだ、やっ君いい子』

『社交辞令だからママ』


出来上がった家族像にまさか自分も加わるなんて思ってもみなくて。今日此処に来れて良かった、心の底から幸せだと思った。
もし、花子が学校を変わらず音駒に居たとしたら毎日、とは言わなくともこんな風に暖かくて楽しくて幸せだったのか。そう考えると少し残念ではあるけど、離れててもこうして変わらず居てくれる、それが何より安堵だった。


『明日も試合だしそろそろ寝ようか』


大笑いしながら飯食って、順に気持ち良い風呂に浸かって。適当な世間話をしたら良い時間だった。やっぱり楽しい時間ってもんは直ぐに終わる。あれだけ長く待ち侘びたのにもう夜を越すだけ。朝を迎えればまた烏野へ行って試合して。後は帰るだけだ。
もう少しだけ一緒に過ごせるけど、憂愁を浮かべずにはいられなかった。

それなのに。


『ママ布団敷いてくれたの?』

『うん、ベッドの下ぜーんぶ敷き詰めたから大丈夫。3人だから狭いとは思うけど』

『確かに3人はキツイな』

『クロ、腕飛ばして来ないでよ』

『それより花子の寝言が煩いのが問題だろ』

『寝言なんか言ってないですー、スヤスヤ可愛く寝てますー』

『ほう?なんなら寝言録音しておいてやるぜ?』

『け、結構です』

『花子、認めちゃうんだ』

『そういう訳じゃないもん!先行ってるから寝支度出来たら早く上がって来てねー』

『おう』


今の会話、可笑しくなかったか?
数時間前に此処に来た時みたいなデジャブ感が否めない。


「あ、あの、まさかとは思うけど、俺達が寝る場所って、」

『ん?花子の部屋』


やっぱり!!さっきの会話はそれしか無いと思ったけど!でもそんなの駄目だろ?!ひとつ屋根の下ですらドキドキもんなのに同じ部屋って、そんなの何かあったらどうすんだよ……!


『てっちゃんとけんちゃんには昔から言って来たから分かってると思うけど、やっ君?』

「は、はい」

『私は本当の息子になるのが、てっちゃんでもけんちゃんでもやっ君でも大歓迎』

「!」

『でもね。あの子の甲斐性が無いのが悪いんだけど、まだ付き合っても無いのに順番間違えましたーって事は許さないからね 』

「!!!」

『物事には順序があるの。分かるよね?』

「は、ははははい!!!」


宜しい、じゃあおやすみ
言いながらお母さんもリビングを出て行く。
その背中を見れば憂愁なんか吹っ飛んで別の意味での動悸が止まらなかった。


『流石、あの花子を育ててるだけあってしっかりしてるだろ』

「あ、そうだな……」

『花子昔から本当に怒られるって時は先に泣きながら謝ってたくらいだし』

『最初は家出してたけど更に何十倍も怒られるから観念したんだよなぁ』

『その時は俺もクロも一緒に怒られたよね』

『ゲンコツが痛ぇのなんの』

『俺小さなたんこぶになってたし』

「そ、そういう事か……」


あんなに自由奔放な娘を野放しフリーダムに出来るのはお母さんの秩序が守られているからだった初めて知った。
それから俺は、花子の急に発される寝言と、お母さんからの威圧感で一睡も出来なかった。加えて黒尾の腕、研磨の足が落ちてきて一晩中艱苦に耐え忍ぶしかなかったんだ。

(それでも愛でる気持ちは変わらない)



(20180312)



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