君が咲いて僕も、咲いた。 | ナノ


 


 17.


真っ暗闇の中、白い光に照らし出されて世界の中心の様で。込み上げる想いも月に照れされればいいのに。



17.2つだけの影法師 (西谷)



『夕、泣いてる?』

「泣いてないっス……」


月明かりに照らされてコンクリートに映る影法師が2つ。そんな幸福な時間さえも憂色で、
情けない、ダサい、
その言葉が彼女の声でグルグルと頭を駆け巡る。

俺達より先にバスに乗り込んだ音駒勢を見送った後、帰るよーなんて手を引っ張られた時には思わずニヤけたけど、春と言えどまだ冷える帰宅路に出れば『寒い』手をポケットに忍ばせた。
繋がれた手と手が離れた瞬間、また一気に押し寄せた絶望に心では泣いてます、とも言えず愁眉を浮かべるしか出来なかった。


『夕ー、夕さーん』

「うっす」

『…………面白くない』

「え、」

『夕が喋らないからつまんない』


駄目だ悪循環だ。落ち込んで塞ぎ込んだら次はつまらない。これじゃ評価が下がる一方だ。
気分は上がらないけど彼女と一緒の貴重なひとときに滅入ってどうする俺。一緒に帰るって誘ってくれたんだ、これを幸せと思わず何を幸せ
って言うんだよ。彼女が居ればそれでいいって言ってた自分、戻って来い。
そうだ俺は今猛烈に幸せなんだよ!


「花子先輩!あの『もういいじゃん』」

「、え?」


俺は今世界で一番幸せです
素直な気持ちを告げようと吐いた二酸化炭素はカラ回って宙へ霧散する。
俺を映してムッとした表情がまたいつもとは違って可愛いです、じゃなくて。もういいじゃん、て今言いました?もういいって、まさか俺自身がもういいって事ですか?飽きたって事ですか?
再び取り戻した覇気がみるみるうちに消えて焦燥感が襲って来る。


「あの、花子先輩、」

『スガに言われたからアタシも嫌な事言ったけど、夕はもっと格好良くなるでしょ』


情けなくてつまんないお前なんかと一緒に居たくないんだよバーカバーカ
そう続くだろうと予測した声は一文字も当たって無くて。


『今でも十分だと思うよ、ちゃんと烏野の守護神してるし、どんなボールも受けようって前向いてるとこ格好良い』


さっきも言ったじゃん
そう言いながら赤くなった手に息を掛ける。


『だけどそこで終わりじゃないよね?もっともっと強くなってもっともっと格好良くなるんでしょ?バレーも、男としても!だからスガも期待してるんじゃないの?』


アタシだって信じてるもん
両手を合わせて擦って、柔らかく笑んでくれる。
月を背負って幻想的にさえ見えるこのカットがドラマか映画みたいにも思えて。綺麗なワンシーン、だけどそんなブラウン管越しの遠いワンシーンは嫌だと思った。


『、夕?』


ほんの少しひんやりした彼女の手を捕まえて、こっちへ引き寄せれば暖かい温度が全身を包む。直ぐ傍に居る、そう実感出来たら安堵が溢れた。


「花子先輩」

『うーん?』

「俺、次は負けねぇから」

『うん』

「今はまだまだ力不足だったけど、次に試合した時は負けねぇ」

『うん』

「だから、ちゃんと俺の事見てて下さい。心の底から格好良いって、言わせるから!」

『ーーーー、うん!』


楽しみにしてる。言いながら背中に回された手に、やっぱり俺は世界で一番幸せで間違いないと噛み締めた。
毎日毎日幸せをくれる彼女にありがとうって言いたくて、毎日毎日好きを増やしてくれる彼女をこのまま独り占めしたいと思う。
沸き上がる独占欲に比例してギュッと腕に力を込めると、


『本当、スガは凄いよね』


思わず力が抜けてしまいそうな一言。
あの真っ黒さは確かに凄いしスガさんだけに清々しい気もするけど。


『怖い時も多いけど、夕の事ちゃんと分かってるもんね!流石は先輩!』

「そ、そうっすね」

『飴と鞭ってやつでしょ?盛大に甘やかして罵って進化を待つ、みたいな?』

「いや、スガさんは本気の本音で言ってるだけだと思うんすけど」

『アタシも見習おうと思って!』

「お願いだからやめて下さい」

『えー?何でよ、アタシもそんな技欲しいじゃん』

「花子先輩は花子先輩のままが一番可愛いんで大丈夫っす」


情けないもダサいもスガさんの場合は絶対本気だ。ストレートで他意は無い。ほんわかスマイル浮かべて困った俺達を見て楽しんでるんだから絶対真似しないように。因みに飴と鞭の飴を貰った記憶もない。特に最近は鞭が目立ち過ぎて泣きたくなる事の方が多いっす。
そりゃ、そこ除けば芯が強くて頼りになるとは思う。チームが勝つ為なら自身が犠牲になる事も厭わないし、何よりひとりひとり表情を見て理解しようと接してくれる。そんな所は確かに、凄いの一言に尽きる。


「見習わなきゃいけねぇのは俺の方かも」

『え?』

「スガさん、凄い人だし」

『嫌』

「、」

『スガみたいになったら絶対嫌、怒る』

「…………ははは」


自分は見習いたいと言っても俺が見習うのは嫌なのか。やっぱりスガさんの大魔王ぷりが彼女にとっても恐怖なんだと思う。怒髪したあの姿を前にすれば、自由奔放な花子先輩だって黙るくらいだ。本当に、おっかない。
今日のスガさんの笑顔を思い出しては身震いして、明日からも平和に過ごせますように、そう祈ると『あのね、』背中に回された手を離して顔を上げる。


『夕が格好良くなるのは楽しみだよ、でもね』

「、?」

『夕が変わるのは嫌なの、夕は夕で居て欲しい。夕が夕だからアタシは夕が良いの!』


何言ってるのか分かんなくなってきた、至近距離での膨れっ面がまた俺の心臓をギュッと鷲掴む。
俺だからいいとか、そんな口説き文句狡いっスよ。舞い上がらずには居られないじゃないすか。


「花子先輩」

『うん?』

「俺今感動してます」

『うむ、宜しい』

「大好きです」

『うむ、アタシも大好き、夕も皆!』

「ウッス!」


皆、大好き。今まではそれで満足してたのに。
自覚してしまったからには戻れない、皆じゃ不満、俺だけがいい。私利欲が止まらない。


『さて、そろそろ帰るよ!』

「あ、待って下さいよ!」


いつか届きますように
願いを込めて今日も彼女を追い掛けた。

(叶うまで追い掛けるんで覚悟しといて下さいよ)



(20180309)



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