10.
嫌いじゃない、イコール好きではないし、
好きじゃない、イコール嫌いでもない。
だからと言って好きという感情がどういうモノかなんて知らなかった。
10.無自覚で成長したキモチ
ふわり、そんな風の音が聞こえればあのヒトは西谷さんの腕の中に居た。
『西谷ってば本当に花子バカだよなぁ』
西谷さんが出てっても時間が止まってた様な体育館で、菅原さんがソレを打ち壊すかのように笑ってみせる。
『だな、羨ましいくらいだよ』
『良いでしょ!これこそ日頃の行いだと思いますけど?』
『ハハッ、そうかも。花子は悪さはするけど悪い事はしないからなー』
『スガ!あんまり甘やかすなって言ってるだろ』
『大地さん?さっきまで謝ってたのにそんな事言うの?』
『いや、それとこれとは別の話しだろ……なあ月島』
「、あー、そうですね……花子先輩の日頃の行いなんてお遊戯会くらいしか記憶に無いですけど」
『アハハハッ!月島正解!』
『ちょっとどういう意味それ!』
止まっていた時間は一変して穏やかに笑い声が響く世界に戻るけど、
『つっきー!ちゃんと説明して!』
「……別に、そのまんまの意味ですよ」
『、つっきー?』
僕には、ふわりとした風が突き刺さった様に冷たく感じて、眼を逸らすみたく背を向けたくなった。
不意に消えた体温、眼の前に広がった別の世界、暖かかったモノが氷の様な冷たさに変わった事が不快で仕方なかったんだ。
そっか、僕はあのヒトを、暖かいと思ってたんだ。
『つっきー、聞いてる?どしたの、大丈夫?』
「、」
『しんどいなら、アタシが肩貸してあげるから!』
今度はアタシがつっきーの力になるんだよ
真っ直ぐ僕を映して笑う顔。ただの馬鹿だ馬鹿だと思ってたのに、嫌いじゃないと感じてたのは逆だったから。好き、だからこそ、居心地が良くて突っかかってたんだ。
笑って怒って、甘えて喚いて、このヒトのクルクル変わる顔を見たかったから、僕は近付いたんだ。
「……花子先輩」
『うん?保健室行く?』
「大丈夫ですから。それより、」
『それより?』
「、…………何でもない」
『花子先輩!!ただいま戻りました俺です!!』
『あ、夕おかえりー』
それより、僕にだけ笑ってて欲しいんですけど
そんな事言える訳が無い。まず物理的に不可能であって、気持ち的にも僕がそんな事を言い出せる筈も無い。
熱くなるなんて柄じゃないし、なによりそんな格好悪い事を考えてしまった事自体が気持ち悪い。
それに、
『すっかり元気になってて良かったっス!!』
『また大地が苛めてくるけどー』
『え?』
『い、苛めてなんか無いだろ!』
『さっき意地悪言いましたー』
『大地さん、本当すか?』
『西谷も真に受けるなよ!』
『花子先輩苛めたら大地さんでもやり返しますから!』
『さっきも聞いた!分かってるから!』
『夕格好良いー!』
『もっと言って下さい喜ぶんで!』
気付いた所で今更遅過ぎる。自覚したからって何も変わりやしない。
あのヒトを囲むのは僕だけじゃないし、西谷さんなんて特に、
『夕!男前!素敵!最高!』
『マジ幸せっス!花子先輩マジ可愛いっス!大好きです!』
『へへー、アタシもアタシも』
『もう勝手にやってろお前等……よし、遅くなったけど練習始めるぞ!』
『ウス!!』
あのヒトを想ってる。
冗談みたいに何度も好きだ好きだって繰り返すけど裏表の無い感情。本人にどこまで伝わってるかは分からないけど僕と違って真っ白な感情だった。
そこに割って入って行ける程、僕は自分を壊す事なんて出来やしない。
『月島』
「、すみません菅原さん、行きます」
『あーそうじゃなくて』
「走るんじゃないんですか?」
別世界を眺めていた僕を呼び戻した菅原さんの声。
勿論走らなきゃいけないんだけどさ、菅原さんは肩を叩きながら、眉を下げて控えめに微笑んだ。
『お前もさ、不器用は程々にな』
「は、」
『見てるだけ、黙ってるだけって、案外つらいぞ』
「ーーーーーー」
正直、何を言っているのか分からなかった。
何の話ですか、言いたいのにその先を聞いてしまうと負ける気がして、僕は声を出すの止めた。
菅原さんは馬鹿ではない。周りを見て動く人だから。故に、何でも見透かしてる気がして、僕の事も、未来の結末さえも見据えてるんじゃないかって思えて、怖いくらいだ。
『うし、じゃあ行くべ月島』
「、はい」
『あー、の前に、アレアレあっち』
「?」
菅原さんの右手が指す方。
そこにはバタバタ手を拡げていつものヘラヘラ顔を見せるあのヒトの姿。
例えば、髪を切ったとか。新しい洋服を着たとか。化粧を変えたとか。
普段と相違してる事なんて何ひとつ無いのに、いつも通りのあのヒトなのに。
『(頑張れつっきー)』
口パクで喋ってるのを見れば、あのヒトって、可愛いヒトだったのかって。漸く気付けた。
(僕も負けず劣らず馬鹿だったって事かな)
(20180209)
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