「………、」
現実を受け止めきれないで瞼を落としてからどれだけ時間が経ったんだろう。一瞬だけはあの冷淡な眼も声も忘れられたのに、手首が締め付けられる痛みと見慣れない天井を見れば泣きたくなるくらい鮮明に過る。
『あ!やっと起きたんか?』
「、」
『めっちゃ爆睡やん自分!』
「――――――」
逆向きで椅子に座った誰かは見知った笑顔でアタシに笑い声を向ける。やっぱりあれは夢だったんだ。あんな場所も、あんな蔵も、全部嫌な夢だったんだよ。そうじゃなきゃ説明つかないもん。
「―――謙也、」
『え、』
「謙也!謙也、会いたかった!」
『ちょ、』
「アタシ、変な夢見てたみたいで蔵が可笑しくなったって言うか…本当にどうしようかと思って、だけど夢で良かった!」
『………………』
「謙也…?」
アタシが夢を見てから、何ヶ月も何年も経ってる訳じゃないのに既に懐かしく感じる謙也の笑顔に安堵を浮かべると途端に色を変える。その顔は、わざわざ言葉にしなくとも『何を言ってるんだ』って瞠若した、表情。
どうして…何でそんな顔するの…?
目の前に居るのは謙也でしょ?謙也にしか、見えないじゃん…?
『えーと、』
『……ほんま』
「、」
『白石さんの言う通り変な女すね』
『っ財前!面と向かって言う事ちゃうやろ!』
「ひかる……?」
『フーン。俺ん事も知ってるんすか』
口ごもる謙也の代わりみたく、後ろから顔を見せたのは光で。相変わらず軽口を叩くのも、冷めた顔してるのも、何処も変わって無いのに。ただひとつ。
“俺ん事も知ってるんすか”
謙也も光も、アタシを知らない。あれだけ一緒に居たのに、アタシを赤の他人として映してくる。
「……う、」
『ざ、財前!お前の所為で泣いてもうたやんか!!』
『はぁ?謙也さんが阿呆な顔してるから笑い泣きちゃいます?』
『どっちが阿呆や!ほんまお前はいっつもいっつも俺を馬鹿にして問題すり替えよって!』
『すんませーん正直者なんで』
『それが腹立つっちゅうねん…!!』
謙也と光のこんなどうでもいい口喧嘩なんか珍しくなくて。毎日毎日聞いてた筈なのに割って入れないアタシは始めから皆の輪に居なかった様に思える。
今まで過ごして来た高校生活、そっちが夢だったみたいに。
『おー!眠り姫が漸くお目覚めかぁ?』
『………………』
『オサムちゃん!白石!ええとこに来たやん、聞いてくれや財前のや、づっ!!』
『あかんあかん!お嬢さん何泣いてるんや?この阿呆ちん2人に苛められたんか?あー可哀想に、オサムちゃんが慰めたるからなぁ!』
『オサムちゃん、そのままで良えんやけど謙也さん踏んでますわ』
『あーそんなん気にしたら負けや負け!』
『ちょっとは気にせえやお前等!!重いし痛いねん!』
続けて部屋に入って来たのはやっぱり何も変わってないオサムちゃんで。オサムちゃんも人懐っこい笑顔を見せながら皆と同じでアタシを“お嬢さん”なんて初対面を装う。とは言っても装う、じゃなくて本気なんだろうけど。
そしてその隣で厳しい視線を向けてくるのは、蔵とは思えない白石蔵ノ介だった。
『…馬鹿騒ぎはもうええから皆黙っといてくれへん?』
『す、すまんな白石』
『……………』
「、くら……?」
『単刀直入に聞く。自分は何で俺等を知ってるんか…何処の誰なんや』
「あ、アタシは、」
『全部や。全部吐かな殺すからな』
「――――――」
結局、現実逃避したって夢なんて言葉じゃ片付けられない現状は、蔵の手から差し伸べられた鋭い刃が刺さったみたく身体も心も痛過ぎて。
現代の日本じゃ考えられない風変わりな衣装と、そんな蔵を前に否定もしない皆を見れば…何も変わってない、そっちの方が間違いなんだって気付いた。
(20110513)
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