04.
君を待ってたんだ。
それを素直に言える口なんや持ち合わせてへん。
1秒でも、
timeless.4 猫背に浮かれる
『名前ちゃんの仕事も終わった事やしご飯でも奢ったって送ってやりたいねんけどなぁ…』
空になった缶コーヒーを握り締めたオサムちゃんは珍しく困却な眼をして部室に鍵を掛けた。
視界の色を埋める様な空は茜色から紫へ、紫から深い紺色へとグラデーションされてまだほんのり明るさを残す。真っ暗な深夜じゃあるまいし、そんな心配しなくたって平気なのに。オサムちゃんは本当に甘いと思う。
「良いよ、アタシ独りで帰れるから今度ご飯奢ってね」
『んんー?名前ちゃんは将来良え女になりそうやなぁ!』
「なにー今は良い女じゃないんですかーっ」
『あっはっはっ!今でも十分オサムちゃんはメロメロやん』
「また調子良い事ばっか言って!オサムちゃんは頑張って小テストの採点して下さい」
『仕事内容まで分かってるとは流石俺の名前ちゃんやでー』
「そうでしょうよー!」
冗談言って笑って、オサムちゃんも思い切り笑ってて、やっぱりこの空気が好きだって思った。いつだって良くも悪くも気を許せるオサムちゃんが最高だって。
「じゃあアタシ帰るね、何かあったらメールしても良い?」
『大歓迎』
「ありがとっ!オサムちゃん、また明日」
『ん。気ぃ付けてな』
鞄を肩に掛けてバイバイ、手を振ってテニスコートを抜ける瞬間だった。不意に掴まれた右肩と視界の隅っこに飛び込んだ帽子の鐔。
「、オサムちゃん…?」
『あー、悪いな』
「どしたの?」
『もう少し、否、何でもないわ』
「なになにー?アタシが帰っちゃうのが寂しかった?オサムちゃんてば甘えたー!」
『――――――』
「、」
ちょっと、オサムちゃんが可笑しかったら冗談だったのに…いつもみたくゲラゲラ笑いながら『そうやねん』って言うんだとばっかり。だけどアタシの眼に映ったのは瞠若したまま固まったオサムちゃんで。
なんで?オサムちゃん、どうしたって言うの?
『……はは、』
「オサムちゃ、」
『あはははっ!ほんま名前ちゃんには適わへん!』
「え、」
『ハハッ!そうや、そうやねん、オサムちゃん今日は人肌恋しい病やってんなぁ!』
「ひ、人肌恋しい病?」
何かと思えば今度は大爆笑しちゃって、アタシにはさっぱりなんですけど?
『今日はなぁ、何や無性に寂しく感じて名前ちゃん引き止めたくなったんや。ごめんな』
「とか言って、人が居る職員室は嫌いなくせに…意味分かんない」
『それはそれ、これはこれ!歳取るとそういう現象が増えんねんて』
「フーン。じゃあ一緒に残ろうか?」
『ええよ。仕事姿のオサムちゃんが格好良過ぎて名前ちゃんが惚れたらあかんからな、今日は帰り。引き止めてごめんやで』
「オサムちゃんだから許します!」
『名前ちゃん可愛いわー』
「もっと言ってもっと言って」
可笑しいと思ったオサムちゃんはもう居なくて、年不相応な可愛らしい笑顔を見るとアタシも嬉しくて安堵した。
今度の今度こそちゃんとバイバイして、オサムちゃんから『愛してんでー』なんて吹き出しそうな台詞貰ったらいざ家路へと向かう。
だけどやっぱり気に、なる。大丈夫だとは思うけど一瞬だけだとしてもオサムちゃんらしくなかったもん…。家に着いたら報告兼ねてメールは入れよう。そんな事考えて校門を抜けた時、
『おっそいわ』
「へ?」
『日誌書くだけやのにどんだけ掛かんねんて!』
「あれ、え、何で――」
突然降って来た声に振り返ると金色の髪を揺らしながら何処ぞのヤンキーみたいに座り込んだ謙也がくたびれた顔してて。
な、何で、何で居るの?遅いって、まさかアタシを待ってたとか、言っちゃう?
『白石に付き合うてショップ行く言うてたんやけど他にも用があるからって』
「蔵にフラれたの?」
『ふ、フラれたとか変な言い方すな!!』
「アタシと一緒に帰ろうって思ったの?」
『な…っ、ああああほか!ちゃうちゃうちゃう!ちゃちゃちゃうねんて!し、白石が遅なったら女の子1人はあかんて言うたから!白石が名前ん事送ったれって、部長命令やからに決まっとるやろ…!』
「そっか」
それでも待っててくれてた事に代わり無いじゃんね。顔が緩むって話し!もしかして蔵ってば敢えて仕向けてくれたんじゃ…
やばい、帰ったら蔵にもお礼メール入れなきゃダメじゃん!っていうか…、
『は、早よ帰るで!』
「う、うん…」
今から数十分、どんな顔して謙也の隣に居れば良いのか、猫背で歩いてく姿を追って悩んでた。
(20100630)
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