03.
他の誰でもない君だけの味方で居るよ。
それはほんまやけど、距離とはまた違うんや。
1秒でも、
timeless.3 遠く近く遠く
「終わったー!」
『お疲れさんやったな』
「、冷たっ」
多種多様に考えさせられた今日も漸く部活が終わって、部室で黙々と部日誌を書き終えて伸びをしてるところ、不意な冷たさが頬っぺたを刺激した。
『今日1日の労いやで』
「、オサムちゃん帰ったんじゃなかったの?」
『コレ買いに行ってただけや』
右手はカフェオレ、左手は無糖コーヒーを持ってニッコリ笑うオサムちゃんを見れば冷たさの正体は一目瞭然で。
有難く受け取って、口の中へ流し込んだら喉がパーッと潤って胃が喜んでる気がした。やっぱ仕事の後とお風呂上がりのカフェオレは絶品だよね。
皆それぞれに用事だか何だかで帰っちゃって誰も居なかった部屋は静寂過ぎて寂しかったけど、オサムちゃん1人居るだけで爛々として見える。だから余計、カフェオレも美味しいんだ、って。
『今日は珍しいなぁ、いつもなら部活中に適当な事書いてるのに』
「適当とは失礼な!アタシは毎日真面目に日誌書いてますよ先生ーっ」
『せやったっけかぁ?たまには先生って呼ばれんのも良えなぁ!』
カフェオレが無くなった右手はもう煙草で埋まってて、言葉通り満足感たっぷりな笑顔はさっきよりも眼が細くなってた。オサムちゃんはいっつも笑ってるけど、本気で笑ってる顔のが可愛いと思う。
「オサムちゃんは先生って呼ばれたいの?」
『うーんどうやろ』
「何それ今喜んでたくせに」
『それは新鮮やからやろ』
地べたなんてお構い無しに、ちょうど謙也のロッカーを背もたれにしたオサムちゃんは白い煙を吐き出しながら細めた眼を開けた。椅子に座るアタシを見るには必然的に上目遣いになる筈なのに、視線がぶつかるオサムちゃんはアタシを見下ろしてる様に鋭くて、
『名前ちゃんがずっと先生って呼んでたら、距離がある様に感じるから嫌やねんて』
“近くに居りたい”
いつもの冗談と変わらないのにその一言で心臓が跳ねた。アタシだってオサムちゃんは先生だけど先生じゃない。先生だけど友達みたいで、アタシにとっては1番の親友、っていうか、本音を言える人だったから。
なのにドキドキするとか、どうかしてる。
「お、オサムちゃん!」
『うんー?』
「アタシ今日ずっと考えてたんだよ!」
『何をや?』
誤魔化す様に無理矢理、話題展開をして。ドキドキは気のせいだって、オサムちゃんからカフェオレへ眼を向けた。
「オサムちゃんが言う、真実っていうやつ」
『何や分かったん?』
「…やっぱり、分かんなかった。だけどね、蔵が、アタシには何も見えてないって、」
『白石が?』
「うん、謙也もオサムちゃんも自分も…」
謙也、その名前を声にするとやっぱり胸が良くも悪くも切なくなる。オサムちゃんにドキドキするのも勘違いだって思えるくらい、苦しくなる。
今日だって日誌が書けなかったのは謙也を見てたから、それだけの理由。謙也ばっかり眼で追って、謙也から眼が離せなくて。蔵の言葉は縺れた糸みたいに難しくて焦れったくて引っ掛かるけど、まずは謙也の言葉が、気になってたんだ。
“離れろ”
あれが愛なのか、ただの照れなのか。
『それ以上、白石は何も言うてくれへんかったん?』
「え?あ、うん」
『そっか意地悪やなぁアイツも』
「い、意地悪?オサムちゃんは分かるの?どういう意味?」
『アハハッ、オサムちゃんも分からへんて』
「あ、そっか…」
『せやけどひとつだけ確かな事があるでー?』
「え?」
煙草を喰わえて立ち上がったオサムちゃんは、空いた右手でアタシの頭をゆっくり撫でた。
『オサムちゃんは、名前ちゃんが好きやからずっと味方やで』
嘘は無いって感じられる体温が嬉しいのに、いつもみたくチャラけてない小さな笑いが、遠い距離に感じた。
何で?こんなに近くに居るのに、いつか離れて行っちゃう気さえして、コーヒーを持つ左手に自分の左手を重ねられずには居られなかった。
アタシの味方なら、オサムちゃんはずっと隣でくだらない話しを聞いてくれるんだよね?
(20100601)
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