彼氏やない他の男に甘えたいなら俺にすれば良えのに
なんて。そんなん笑われるだけの落ち。
platonic heart
sweet.2-1 いつも損を請け負う人
「フーン。で、そんな顔しとる訳や」
『そう!酷い話しでしょ!!』
あの人が左から右へ緩く流した前髪を固定する様にピン止めする理由は唯ひとつ。某プロレスアニメの主役・筋肉男と血縁かと連想させる額に書かれた油性ペンでの文字のお陰やった。
朝練が始まる前の部室で部長がオサムちゃんに会いに行くなり見て見てと怪訝な顔でデコを披露。そこには“蔵”(ハートで囲われた)と一文字あって不満を隠せられへんらしい。
「せやけど自分で言うたんやろ?書くって」
『そ、そうだけどまさか本当に書くと思わなかったし…』
「まあ確かに」
「あーあ、侑士にでも愚痴りに行きたいな」
昨日学校をサボって立海へ行ったらしいあの人は泊まり込みでお説教っちゅう難から逃れる為に潔白を表す証拠として額に部長の名前を書くなんや言うてしもたとか。
その言葉にしゃーないって、ご機嫌を取り戻した訳やけどまさか女相手に部長も本気でやると思ってなかっただけに本人も後悔先に立たず、そんな感じらしい。
部長も部長で今回こそは本気で暫く家出は無いって思ってたんやろうし、その分の鬱憤か何かがあったんやろう。俺からすれば部長の胸中とかどうでも良えねんけど。
「名前先輩」
『うんー?どしたのかな光くん』
「そんなに他の男が良えんです?」
『え?』
「わざわざ他の学校まで行ってまで、やで?」
そんな面倒な事せんでも、身近で済ますのが得策やと思いません?なんて。
こんな事考えるのも何度目やねん、大概や。
『うーん。蔵は特別でしょ?でも光も特別なんだよ』
「知ってますわ」
『適当ぶっててちゃんとアタシの事見てくれてるの知ってるから大好きなんだもん』
「…知ってますわ」
せやから俺はあの人に甘い顔をするし、せやからあの人も俺に甘える。悪循環極まりないけど最終的にはそれで良えって思ってしまうし、それが弱みっちゅうやつなんや多分。
『光光、光も好きだよねアタシの事』
「あー多分」
『多分ってー…超好きなくせに』
「さあ?」
『もう!そんな素直じゃないとこも好きだけど!』
『んー?誰が好きって?』
「あ」
『え、』
ぎゅうっと好きな体温に包まれたかと思えばやっぱりお決まりのパターンは崩せへんみたいで。早くもタイミング良く戻って来た部長は相変わらず厭な微笑みを浮かべてた。
『財前、離れなさい』
「っちゅうかコレどう見ても俺が悪いんちゃいますやん」
『しっかり背中に手回してるくせに何言うてんねん』
「たまには俺も女っ気が必要なんですわ」
『別の女の子当たれば良えやろ』
「そんなん言われても…、何処行くんや名前先輩?」
『え゛』
再びのお説教が嫌なんか、コソコソと音を忍ばせて逃げる体勢のあの人を敢えて呼び止める。やっぱり最後はあの人が処理するべきやし。俺が全て庇うとか、そんな甘さは持ち合わせてませんよって。
『名前、まさか逃げようなんて思ってへんやんな?』
『ち、違うし!ただ先に教室行って着替えなきゃいけないなって思っただけで、』
『……あ、今日の1限は体育やったなぁ。せやったら早よ荷物置いて更衣室行っておいで』
『はーいっ』
「……………」
スキップで校舎へ向かうあの人の背中は一瞬、部長の雷を受けずに済んだって喜んでる様にも見えたけど。
“侑士にでも愚痴りに行きたい”
俺が感じた勘はきっと間違うてへん。
たまには俺が迎えに行くのもアリや思いません?
(20100729)
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