冬、卒業 | ナノ


 


 04.



「……ひかる、暇?」


川口君じゃなく謙也に告白された後、真っ直ぐ帰る気にはなれなくてテニスコートへ向かった。
光に話しを聞いて貰いたくてジャージの裾を引っ張ると『それ確かめる必要あるん?』なんて返事が返って来て、つまりは遠回しに離せって言われてる様なもんだけど…今は到底離したくなかった。


『ジュースでも買いに行きます?』

「光が買ってくれるの?」

『分かった分かった。今度倍返しっちゅう条件で買うたりますから不細工な顔してないで早よと光は分かってて言ってるんだ。アタシが話しをしたい事も、2人になりたかった事も、ジュースを奢って貰うっていう口実で甘えたかった事も全部。
分かってて、悪態付くんだ。蔵や謙也とは本当に対照的だけど、そのマイペースさが逆に落ち着く。それも知ってたりするの?


『ん。今度はカフェオレやで』

「ありがとう…」

『今日はバナナオレが良いとか言い出すかと思ったんですけど』

「今日は、言わない」

『フーン?』

「…あのね、謙也に告白された」

『へえ、良かったですやん』


カフェオレを受け取ってもジャージの裾を離さないアタシだけど、その手を振り払う事なく小さく笑う。瞠若もしないで普通に返してくる辺りやっぱり光だ。


「本当は川口君て人からラブレター貰って、屋上に呼ばれてたんだけどそれは謙也の嘘だったんだって。告白する迄の間が、恥ずかしいからって」

『ヘタレな人が考えそうな手段すわ』

「そういうもん、かな?」

『何が言いたいんです?』

「…好きなら好きって、ハッキリ言えば良いじゃん?」


例えばあのラブレターが本物で、川口君がアタシに告白してくれるなら分かるんだ。話しをした事も無い赤の他人だからこそ呼び出すのもきっかけもタイミングも必要だって。
だけど謙也は違うじゃん。ずっと一緒に居た。いっぱい会話してきた。2人で過ごす時間だって多少ならずともあった。だったら…周りくどい事なんかしなくて良いんじゃないかって。


「アタシは、好きって言いたい時はその時その都度言うもん」

『皆が皆、名前先輩の思う普通とは限らへんのちゃいます?』

「アタシが普通じゃないって事?」

『否定はしませんけど。とりあえず謙也先輩はヘタレやし、そういう場を作って自分を追い詰めな言えへんかったんやないんすか?』

「…じゃあそういう事にしとく」

『せやけど経緯はどうあれ、わざわざ俺にそんな話ししに来たっちゅう事は答え決まってるんやろ?』

「……………………」

『急に呆けた顔して何ですか?』

「え、あー…光はアタシの事良く分かってるなって思って…」

『はぁ?先輩の単純思考くらい安易ですわ。伊達に2年間も同じ部活で生活してへんし』

「そうですか…」


“やっと彼氏が見付かって良かったですやん”
そう言いながら裾を掴んだ手を振り払われたら、不意に光と初めて出逢った事を思い出した。光は1年生、アタシは2年、そしてまだもうひとつ上の3年生の先輩が居た時の事を。
あの頃から生意気だった光は入部初日に3年生に突っ掛かって睨まれてたんだよね。本人はストレートに物を言っただけで悪気は無いみたいだったけど…でも、だからアタシが見ていてあげなきゃ駄目だって思った事、今でも鮮明に覚えてる。


「ひかる、」

『俺も早よ部活戻らな副部長にどやされるし、名前先輩も暗くなる前にさっさと帰った方がええすよ、一応オンナノコなんやし?』

「い、一応は要らないってば!」

『はいはい。明日謙也先輩に返事したって下さいね、ほな』

「…………………」


どうしてあの日の事が過ったのかは分かんない。
でも……ただ、光からアタシの手を振り払うなんて初めてで、空気に触れた右手が…寒く、感じたのは確かだった。言う事も、喋り方も、見下す様な視線も笑い方だって、いつも通りの光だったのに。
何で突き放された錯覚がするんだろう。


(20110808)


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