『今週のメニュー表持って来たで』
「あーどうも」
放課後、部室でジャージに着替えてると部長が得意気な顔で紙切れを渡して来た。
とっくに引退しとるっちゅうのに張り切ってメニュー表を作るだけに留まらず2日に1回は顔を出すし、テニスもやって帰ったりするし、ほんま暇な人やと実感してしまう。そら部長くらい男なら大学受験の心配なんや無いやろうし、寧ろ身体を動かしたいくらいなんやろうけど。
まあお陰で面倒臭いメニューを考えずに済む訳やし俺は助かってるっちゅうのが本音。
『あとな、教室』
「…またあの人寝てるんすか?」
『今日はめっちゃ爆睡してるで?昼の授業始まって直ぐやったしな』
「補修させられへんのが不思議すわ」
『間違いないな。っちゅう訳で名前ん事頼んだで』
「…別に部長に言われる事やない思いますけど」
『ハハッ、それもそうやな。ほな今日はこれで帰るわ』
「お疲れさんっした」
左手を軽く上げて部室のドアが閉まれば、俺は自分のロッカーを開けた。中には鞄やら制服が入ってるけど、それとは別の荷物がひとつがある。
さっき部長から受け取ったばかりのメニュー表を副部長に託して、ソレを持ったら3年の教室へと走った。
「……涎垂れてますけど」
音が響かへんようにゆっくり教室のドアを開ければ机に突っ伏して口を開けたままの阿呆面な寝顔があった。この顔も見慣れたもんやけど今日はまた一段と酷い気がする。それだけ疲れとるんか、ストレスが溜まってるんか、起きる気配は微塵も無い。
ハァ、わざとらしく溜息をひとつ落としたら紙袋に入った大きめのブランケットを名前先輩の肩へ掛ける。こんな事をするのももう何度目か分からへん。夏に先輩等が引退してから、この人が昼寝する度いっつもな事やったから。ある意味、部活に新しく組み込まれた仕事な気もする。
「この分やと部活終わるまで寝てますー?」
『……う、ん』
「寝てても返事くれるとか、名前先輩にしては上出来ですわ」
無意識にブランケットを引っ張って身体に巻き付ける姿を見れば口角が上がる。顔に掛かった髪を思わず掬う様に頭を撫でてしまうのも、ブランケットを用意したのも、仕事なんや言いながら結局自分がそうしたいだけ。
結局、それだけ好きやっちゅう証拠。
『………………』
「帰り送りますから、それまで大人しく寝とって下さい」
その一言だけ残して、帰りもさっきと同じく音を出さへんようにドアを閉めたら空になった紙袋だけを抱えてテニスコートへ戻った。
それから部活が終わると副部長に託したメニュー表を奪い返して、学ランを羽織ったあと鞄を片手にあの人の所までまた走る。
まだ寝てる事に安堵して、部長から受け取ったメニュー表を部長の机の中に入れたなら、あの人に掛けてあったブランケットを剥いで鞄の中へ放り込む。
「名前先輩、もう起きてええですよ」
軽く身体を揺らして教室から出たら後はタイミングを見計らうだけ。
ほんまは普通に起こしたってもええねんけど、あの人は何も知らんで良い。せやから何かに気付いてしまう要素なんや必要無いんや。
『……あれ、誰も居ない』
「やっと、起きたんすか…………“あ”」
『、ひかる?』
「“こんな時間まで何してるんすか?”」
部長にはバレてしもとるらしいけど、こんな事は誰も知らへんで良い。俺の想いも全部、あの人は知らんでええから“普通”で居って下さい。
(20110806)
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