ついこの間まで暑くて暑くて干からびちゃうんじゃないかと思ってたのに、いつの間にか暦は冬を告げてた。
高校最後の夏の大会も終わって、優勝こそは出来なかったけど皆で笑って、だけど引退する時はアタシと謙也だけ泣いて。それももう数ヶ月前のこと。
今はただ受験だ受験だ、って勉強ばっか。かと言ってアタシは専門学校希望だし、とんでもなくレベル違いな学校を目指してる訳でも無いから正直受験の焦りだとか追い込みだとか他人事な気分だけど…
それでも周りの切迫感って言えば尋常じゃないからこっちまで精神的に疲れる、最近はそんな感じ。
「…………あれ、誰も居ない」
不意に眼を覚ませば良くも悪くも騒がしい教室はしんとしてて先生もクラスメイトも誰も居ない。
あーそっか、アタシ寝てたんだ。自分で眼を覚ませばとか言ってんじゃん。
1に勉強、2に勉強。3も4も勉強で5も勉強。そんな居心地悪い空間にずっと居れば寝たくもなるから仕方ないとして。
「アタシが寝た時って5限だった筈なんですけど放課後ですかーっていうかそれなら蔵も謙也も起こしてくれたって良いのに!」
本っ当こんな真冬に昼寝してんのに放ったかしって、風邪でも引いたらどうしてくれんの!蔵と謙也は責任取ってくれる訳?普段は鬱陶しいくらい面倒見良いくせに薄情なんだから。厭味がてら明日はどでかいマスクでも付けて来ようかな!
「でも…寒く、ないかも」
寝てようが寝てなかろうが身震いせずにはいられない12月、幾らアタシの席が窓際で陽当たり良いって言ったってもう7時前だよ?陽当たり良いどころか夜だって夜!
なのに寒くないとか。
なに、今日のアタシすこぶる体温高い?いつも低体温でブルブルしてんのに…まあいいや、とにかく帰ろう、お腹空いたし?
そう思って立ち上がると途端ドアが開く音が聞こえた。
『あ』
「、ひかる?」
『こんな時間まで何やってるんです?まさか頭悪過ぎて居残り?補修?まあ名前先輩やからしゃーないけど』
「ちょっと!大分失礼なんですけど!」
ドアを潜り抜けて来たのはジャージの上に学ランを羽織った光で、こっちを見ては相変わらずの呆れた眼。寧ろ呆れたを通り越して冷めてる。冬の代名詞になりそうな顔しててムカつくんですけど!
「東大行く訳でもないのに補修なんかさせられません!ちょっとうたた寝してただけじゃん?」
『はあ?』
「何で更に険しい顔になるの」
『こんな真冬に?こんな時間まで?受験生が?』
「な、何か文句ありますか?」
『別に?もっと阿呆や思っただけですわー』
「何でそうなんの!光はもっとアタシに優しくするべきだと思うんですけど!」
『……………メリットが無いすわ』
「敢えて間を置くの止めない?」
適当に会話をしながら片隅で、何をしに3年生の教室まで来たんだろって思ってると、ガサガサと蔵の机を漁って1枚の紙を取り出せば小さく息を吐く。
なんだ、メニュー表か。引退した後も卒業する迄は健康と体力作りは任せなさいって蔵が張り切ってたもんね。面倒臭い事嫌いなくせにわざわざ取りに来たんだ。ちょっぴり感心。
『ん』
「え?」
『寝とったんやろ?あげますわ』
「何これバナナオレ?しかも温かい…!やだやだー!センス悪っ!」
『俺はカフェオレが飲みたかったのに金太郎とオサムちゃんが暴れててボタンがズレた』
「納得」
『っちゅう訳で、寝てて身体が冷えたやろう先輩にプレゼントすわ。メリット無しで』
「アタシもカフェオレが良いです光君」
『文句言うな』
「もう真っ暗でか弱い女の子には危険がいっぱいなのでついでに送って欲しいです光君」
『面倒臭』
「良いじゃん良いじゃん!ここで会ったのも運命でしょ?カフェオレついでに送って下さーい」
『バナナオレやし』
「帰りにコンビニ寄るから大丈夫!」
『はぁ…そんなに俺と一緒に帰りたいんです?』
「うん!光好きだし!」
『……ぜんざいで許したりますわ』
「それってアタシが奢る事になってるじゃん!」
『はいはいコンビニ行きますよー』
「ちょ、待ってよ早いってば!」
光に会うのは久しぶりじゃないし、部活だってしょっちゅう覗きに行くけど、やっぱり毎日の日課じゃなくなった今、光の隣に並んで歩くのは楽しかった。
だから気持ち悪いって思ってたバナナオレも美味しかったんだと思う。
でも、この時のアタシはまだ何も知らない能天気で最低な奴だったんだ。
(20110806)
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