冬、卒業 | ナノ


 


 06.



家に帰ってから雪で濡れた携帯をタオルで拭いてもアタシの眼から溢れる水はどうやったって止まんなかった。

――4月10日。
高校に入学してテニス部へ入部を決めると部長やって紹介されたのは2年の先輩やった。高校生活を部活に捧げる、そんな熱い気持ちで入部した訳やないから別にどうでもええねんけど、3年を差し置いて2年の後輩が部長をしてる部活なんや底が知れてるなって思った。3年には3年のプライドがあるやろうし、それを無視して部長を2年に決めた監督もどうかしとる。
そう思った瞬間、胸中だけで収めてた筈やのに声に出てたらしく周りは瞠若と怪訝を俺に向けてた。
こうなると弁解するのも面倒やし、正直な気持ちに変わり無いし、いっそ入部を取り止めにしようかさえも浮かんだ。せやけど…

『アタシそういう素直なとこ良いと思うよ、変に構えられるよりよっぽど楽じゃん!』

マネージャーをしてるという2年の人の一言で場の空気が一辺した。少なからず俺と同じ1年は似た様な疑問を抱えてみたいやし、説明するきっかけが出来て良かったって。まあ、説明するも何もプライドとか底が知れてるとかほんまにそんなの関係無くて、単なる監督の適当な気分だけで決まったらしいけど。
せやけどその後、その人は言うた。

『アタシも我儘で言いたい事とか遣って欲しい事とか何でも言っちゃうタイプだから似てるよね。だけど言葉は選べる器用な人になろうね』

今日から宜しく光、初対面で馴れ馴れしく名前を呼んでくるし、ワシャワシャ頭を撫でられて少しムカついた。せやのに嫌やなかった。
言葉を選べる人間になろう、そう言ったのはあの人やのに、空気が柔らかくなった後で『だけど結局一番頼れるのは先輩達じゃなくて蔵だから仕方ないよね』なんて言うてしまうとこが有り得へんくて。再び凍り付いた場に思わず吹き出してしもたのは言う迄もない。

同時に、この人は俺が面倒見たらなあかんのやって、勝手で独りよがりな責任感が浮かんだ。多分今日あの人に惚れたんやと思う。


「アタシはあの時、光を見守ってあげなきゃって思ったけど、光は光でアタシの面倒を見なきゃって、思ってくれてたんだ…そんなの全然知らなかった」


――5月13日。
部活が終わった後、まだ身体を動かしたい気分やった俺は帰宅するフリだけしてロードをしてた。いつもなら筋トレもロードも怠くて仕方ないのに今日に限って走りたくなった。
理由は分からへんまま1時間くらい走り込んで、部室の陰に置いておいた鞄を取りに戻ると部室の電気がまだ点いてる。部長でも残ってるんか思って覗いてみると日誌を書きながら頭をフラフラさせるあの人が居った。さっさと書いて家で寝たらええのに阿呆や。そんな悪態は浮かぶけど、俺が残ってまで走りたかった理由が分かった気がする。
眼を擦りながら『あれ?』って寝呆けたあの人を見れば口角が上がるけど、部活が終わって1時間以上経過してる事に気付いて愕然とした姿を見れば笑いを堪えるのに必死やった。とにかく平静を装って、家まで送って欲しいっちゅうあの人の希望を、ぜんざいを交換条件にして飲んだ。きっとこの為に走ってたのに、やっぱり悟られたくはなかった。


「…最後は光が自分でお金出すんだって思ってたのに、本当にアタシが買ってあげたんだよね。次の日蔵と謙也に愚痴ったの覚えてるもん、光は冷たいって…」


――11月28日。
あの人が部活に来おへんかと思ったら教室で爆睡してた。起きる気配は無いし仕方なく学ランを掛けてやったけど、まさか部活が終わるまで寝とるは夢にも思わへんくて、部長に説教されてた時はウケた。お陰で俺が学ランを掛けた事は本人にバレずに済んだけど、後で何で起こさへんかったんかって俺まで部長に説教された事は暫く忘れんと思う。ついでに翌日からブランケットをロッカーに忍ばせておこうと決めたのは誰にも知られたくない。


「だから、冬に昼寝してても寒かったの…?起こさないでいてくれたの…?」


一昨年の春からずっと続くブログを読み返せば数時間なんてあっという間で。いい加減瞼が重くなってきたし、頭まで痛くなってきたけど、昨日と今日の日付で書かれてたブログを開けば視界が滲んで滲んで何も見えなくなった。

川口君が存在してた事。
アタシを守ってくれてた事。
光1号を待ち受けにしてくれてた事。
川口君を止めてくれた事。
川口君の嘘に嘘を重ねてくれた事。
謙也とアタシの事。
光は、毎日アタシの為に動いてくれてたんだって初めて知った。何も知らなかった。


「光と初めて逢った日から、光は言葉通りアタシの面倒を見てくれてたんだ…何で、言ってくれないの…!」


真冬の昼寝が心地よかったのも、アタシが笑って生活出来てたのも、全部光が居てくれたから。
蔵が言ってた『知らなあかん』あの言葉が重くのしかかって、光が書いた『卒業』の言葉が憂愁を呼んでアタシの身体を身震いさせた。

だから、だったんだ。
あの時光に手を振り払われて寂しく感じたのは………。


(20110808)


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