(ver.shiraishi)
カフェで名前と別れた後、その足で謙也の家に向かった。ピンポン、インターホンを押すと小さい謙也が顔出した。
「久しぶりやな、兄ちゃん居るか?」
『蔵兄ちゃんも物好きやんな、まだ謙也と友達やってるとか』
「ハハハッ!兄ちゃんの事あんまり悪く言うたらあかんよ?」
『せやけど謙也酷いんやで!俺のハンバーグ半分盗ったし、ゲームも自分ばっかでやらせてくれへんし!』
「それは困った兄ちゃんやなぁ」
『せやろ?』
『おいお前等!玄関先で人の悪口言うてんなや!!白石も来たんならさっさと入れっちゅうねん!』
怪訝な顔して弟を小突いたら部屋の中へと通してくれる。あんくらいで怒らんでもええのに、そう思う反面、男兄弟のやり取りが羨ましく感じるのもいつもの事や。
『何やあったんか?白石が急に来るなんや珍し…くはないけど』
「ちょっとな、真っ直ぐ家に帰りたくない気分やってん」
『家に帰りたくないって、出掛けてたんか?』
「名前と話してた」
『あー…』
それなら自分の所為やな。そんな表情で苦笑する謙也に思わず俺まで眉が下がってしもた。
謙也にそんな顔させる為に来た訳ちゃうんやけどな。
『何や、すまんな白石』
「謙也は謝る事してへんやろ?」
『結果論として名前を困らせたし、白石にも迷惑掛けてしもたやん』
「それはちゃうで謙也。それに謝りたいのは俺の方やから」
『、どういう意味やねん』
文字通りキョトンと眼を見張るのを見ると、3年間名前と一緒やったからかこういうとこソックリやなって思って笑いそうんなる。恋人が長い間ずっと一緒に生活してると顔が似てくるっていう、そんな感じや。
「俺な、謙也の事も応援してたんやけど…やっぱりこのままはあかんて思って言うてしもた」
『それって、財前の事か?』
「うん…財前の肩持つ訳ちゃうけど、名前が前に進めんのちゃうかって思って」
『…………………』
「悪かった」
結果として謙也の邪魔をした事と何ら変わらん。頭を下げて謝罪するとアイツは弟にしたみたく、俺の頭を軽く小突いた。ただ、笑いながら、やけど。
『そんなん白石悪くないやん!』
「、」
『こんな事言うたらまたドMやって疑われそうやけど、俺はフラれたかったんやで?』
「謙也、」
『財前には名前しか居らん。名前やって自分で気付いてないだけで財前しか居らんやん』
「―――………」
やっぱり、謙也も気付いてたんや。
自覚の無い名前が、財前の前でだけ特別な事。ほんまに一瞬だけやけど、財前が視界に映った瞬間、名前は口が緩む。
俺や謙也を見付けたってその時の感情なままやのに、機嫌ええ時も悪い時もいつも、アイツは財前を見れば見逃してしまうくらいの一瞬、はにかむんや。
「それだけ謙也も本気やったちゅう事やんな」
『は?何やソレ』
「お前も無自覚かい」
『な、何やねん!めっちゃ馬鹿しとるやろ!』
「してへんしてへん。謙也も俺も損な役回りやなって思っただけや」
『まぁそうやな………って、ちょう待て!俺もって、まさか白石…』
「うん?聞き間違えとちゃう?そんなん言うた?」
『この期に及んで誤魔化すなや!ハッキリせえや白石!!』
「あーあー言うとる意味が分からんわー」
『白石!』
それこそ誰にも言わへんけど、俺は財前と一緒な名前が好きやったから。せやから俺は2人の前でも笑えたし、2人の背中を押してしもた。
正直、嘘を貫くのは財前より得意やから負ける気せえへんねん。
せやけど本音を言えばやっぱり悔しいから、2人が上手くいった時にはぜんざいを奢らせてやろうと思う。
(20110808)
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