冬、卒業 | ナノ


 


 6.5



ブログに書いた卒業、あれは本音やけど自分へ言い聞かせた言葉でもあった。
いつかは来ると分かった事、いつかは来て欲しいと願ってた事、そう思ってたのも嘘やない。せやけど今まで無意識と義務感の狭間で続けて来た事が明日から無くなると思うと、改めて実感する必要があったんや。

部屋の電気を消して布団に潜って、風でガタガタ揺れる窓の音を聞きながら携帯を開く。待ち受け画面の雪だるま、光1号を見たら明日雪が積もってても2号が作られる事は無いやろなって、不意に愁眉になったそれを気付かへんフリして携帯と瞼を閉じた。


「……さむ、」


眼が覚めた時、その頃はもう空が白く明るくなって朝を告げてた。どんな気持ちを抱いててもいつもと同じ様に、ゆっくりでも無く早くも無く時間は過ぎて行く。出来ればもう少し眠ってスッキリした頭であの人と謙也先輩に会いたかったんやけど。
そんなくだらん事を考えながらカーテンを開けて窓の外に視線を移せば、雪だるまを貰った時より幾分多い雪景色。通りで寒い筈や、部屋ん中でもお構い無しにダウンを羽織って顔を洗いに行こうと部屋のドアへと身体を向けた瞬間…


「……は、」


俺の部屋からは死角になってる玄関で僅かに見えた影。2年も見て来たその姿を間違う訳が無い。
あの丸くなった背中はあの人しか居らへんけど何でやねん。何でこんなとこに居るんですか?何の為に?
疑問は溢れるけど直ぐ様玄関へ向けて走った。


「…何、してるんすか」

『、ひかる』


玄関を開けたら体育座りで頭と背中に雪を積もらせた名前先輩が居て。やっぱり間違える筈は無かったけど、紫色に変わった口唇と尋常やなく積もった雪に上手く言葉が見付からへん。


「中、入ったらどうですか…あんま美味くないけどコーヒーくらい、」

『良いの、此処で良いから聞いて』


一度は振り返ったものの、また俯いて立ち上がろうともせえへん。
これから何を言われるんか、何がしたいんか、2年掛けてこの人を理解してきた筈やのに久しぶりに分からへんなった。


『何も知らなくて、ごめんね』

「ごめんて、何の話しすか?」

『光がアタシを守ってくれた事、何も知らなかった…』

「は、」

『卒業なんて、哀しかった…』

「―――――――」


漸く見えたのは、この人があのブログを読んだって事。誰にも存在を伝えてへんかったのに何で知ってんねん。
まさか、謙也先輩?いや違う。可能性があるなら部長や。部長が知ってたんなら、あん時は深く考えへんかったけど山田太郎の話しも納得出来る。


『アタシ、嬉しかったよ』

「え?」

『光がアタシの為にこんなに尽くしてくれてたんだって、幸せだった』

「…………………」

『だけどどうして言ってくれなかったのって、辛くなった』

「…………………」

『何で言ってくれなかったの?何で分かる様にしてくれなかったの?アタシ1人、光を冷たいって言って馬鹿みたいじゃん!』

「…それは、」

『だから蔵にも、怒られるんだよ…アタシが鈍感な上に最低だから』

「、違う!!」

『ひかる…?』

「それは、違いますわ…」


元々悪いのは俺やった。
自分の気持ちを知られたくて行動さえも隠したのは誰が悪いなんて問題やない。自分がそう仕向けた事やから気にする必要が無い。


『…じゃあ、何でそうしたの?』

「……………………」


俺は気付かれたくなかった。好きっちゅう感情をあの人に知られたくなかった。
あの人が人懐っこいのは周知の事実やけどそれが誰に対しても特別な情愛でない事は分かってたし、それなら伝える気にもなれへんかった。報われへんなら言うべきやない、俺はそう思ってたから謙也先輩には尊敬さえ感じたんやけど…今思えばそれはただの言い訳やったんかもしれへん。
自分勝手にあの人を守った気になって自己満足して、そういう関係が崩れる嫌やっただけ。伝えて拒絶されるのが怖かっただけなんかもしれへん。
せやから、言いたく、なかった。気付いて欲しくなった。何も知らんままで謙也先輩と付き合うて、笑ってて欲しかった。あの人の方から離れてくれるのを待ってた。


「ほんまは、自分から離れられへんて、分かってたんですわ…」

『―――――――』

「せやけど、もうバレてしもたし…ほんまにこれで終わりにする。せやから安心して謙也先輩んとこ行って下さい」


俺ん事は気にせんでええから、謙也先輩に早く暖め貰えば良い。
そう続く筈の言葉やったのに続けられへんかったのは、冷たい体温が俺の身体に縋って来た、所為。


「、何、してるんすか…」

『分かんない』

「抱き締める相手、間違うてますよって…」

『間違えてない!』

「、」

『アタシは、光を抱き締めたかったらそうしてるだけ!光に卒業って言われるのが嫌だったから此処に居るだけ!』


“それじゃ駄目なの?”
そんなん駄目な訳ない。拒む理由なんや無いやん。
でも……


「一応、俺は名前先輩に惚れてる男なんやから、止めた方がええすよ」

『どうして?』

「それ普通言わせる?期待するからに決まってますわ」


好きな女が縋って来たら抱き締めたくなる。好きな女に抱き締めたいって言われたら引き止めたくなる。
他の男んとこ行くなやって、俺にすればええって、押し殺して来た感情が全部無駄になりますやん。


『別に、良いじゃん…』

「は?」

『アタシは、そのつもりなんだもん…』

「え…?」

『だから卒業なんて言わないで…だけど他の女の子に同じ事はしないで…アタシだから許されるけど、他の女の子にしたら光はストーカーになるんだから』

「―――――――」


何やねんそれ。卒業を決めた途端手に入るって、そんなベタな展開、俺には性に合わへん。


『ねえ、聞いてるの…?』

「…聞いてる」

『じゃあ卒業、撤回してくれる?』

「それは、せえへん」

『な、何で、』

「自己満のストーカーは終わりやから」

『え?』

「俺の彼女に、なりたいんやろ?」


俺の顔を覗いたあの人は瞠若して阿呆面を見せたけど、そのまま吹き出して腹を抱えて笑ってた。
今にも泣きそうな顔してたくせに最後は優位に立とうとする、それがらしかった、とか何とか。

あの人にそう言われるのも癪やけど「阿呆」一言だけ呟いて、ずっと触れたかった小さな身体を抱き締めた。
この身体が俺より暖かくなった時は、2人の先輩に「すみません」より「ありがとう」を伝えに行こうと思う。


END.

(20110808)


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