冬、卒業 | ナノ


 


 05.



光と話しをした後、あれから直ぐに蔵からメールがあった。どうなったのかって。
正直なところ、メールで説明するのも面倒だったし直接話したいとも思ったから近所のカフェで待ってる、それを返事にした。


『ごめん名前、待たせてしもたな』

「ううん平気、15分待っただけだから」

『素直で宜しい。ケーキ頼んでええよ?』

「やった!」


テーブルに置かれたメニューを片手に浮かれる反面、急に呼び出したのはアタシなのに文句も言わないで受け入れてくれる蔵を見ると周りに恵まれてるなって思う。
蔵に限らず謙也も、光も……。


「ミルフィーユ食べたい」

『ちゃんと食べられるん?ミルフィーユは難しいんやから苺タルトにしといたらどや?』

「えー?まあ苺タルトのが高いし苺タルトで良いよ」

『……素直で宜しい』


蔵が店員さんを呼んで苺タルトとカフェオレを2つ注文してくれると直ぐに運ばれて早速一口。
カスタードクリームの甘さと苺の甘酸っぱさが堪らなく美味しい。タルトのサクサク感も絶妙だし、甘いモノ好きのアタシには絶品、なんだけど…
タルトを飲み込んだ後に苺の酸っぱさだけが口の中に残っちゃうのはどうして、かな……。


「…………、蔵?」

『うん?』

「今日のラブレターね、犯人は謙也だった」

『そうなん?』

「うん。謙也から、好きだって言われた。付き合いたいとは思ってない、だけどケジメつけたいから、いつでも良いから潔くフッてくれって…」


苺の酸っぱさを噛み締めて一部始終を伝える。屋上へ行って30分くらい待った事、川口君じゃなくて謙也が来た事、光と話した事、一言伝える度に頷いてくれる蔵にありのままを報告した。


『それで、名前はどないするん?』

「…謙也と付き合おうかなって」

『それは謙也が好きっちゅう事?』

「うーん…好きか嫌いかって言われると好き、だよ。蔵も光も皆好き」

『俺が聞いてるのはそういう意味やないって事、分かるやんな?』

「…分かるけど」

『けど?』

「でも謙也の事を好きになる自信あるから大丈夫!」

『大丈夫って…その根拠が分からへんで』

「謙也と居ると楽しいもん!たまに失礼だしヘタレだけど一緒に居るの嫌じゃない。それに…」


何より、アタシがフッた事で気まずくなる方が嫌だ。
そう言い切った瞬間、パチンと頬っぺたが音を立てる。その音は室内に綺麗に響いたけど思いの外頬っぺたは痛くない。だけどアタシの頬っぺたに左手を当てたままの蔵の眼は酷く冷たくて、心臓がズキンとした。


「くら…?」

『引っ張たいた意味、分かるか?』

「……ううん」

『名前が最低な事言うたからや』

「、最低…?」

『好きやから付き合う、それなら問題無いねん。俺やって応援する、協力もする。せやけど気まずくなりたくないから付き合うって可笑しいやろ?』

「…………………」

『名前は素直過ぎて我儘なところがあるやろ?それはええねん。普段の我儘は叶えてやりたいなって思う程度の可愛いもんやし、甘やかしてしまうこっちにも責任があるんやから。せやけど今のは我儘とちゃう。謙也に同情した上に侮辱してる』

「そ、そんなつもり無――」

『謙也は無理に付き合うて欲しいなんや言わへんかったやろ?それやのに中途半端な気持ちで付き合うのは酷やと思わへんか?』

「――――…………」


そんなつもり無いし、良かれと思って……反論したかったのに出来なかった。蔵の言葉が正論過ぎて、安易に付き合うなんて言ってしまった事が恥ずかしくて。
蔵の視線が、痛い。


「ごめん、なさい…」

『ほんま、そういう素直さがあるから俺は甘やかしてしまうんやけどな』


ズキズキ痛む心臓から解放されたくてごめんなさいを振り絞ると途端に蔵の表情は柔らかくなる。
女の子やのに、叩いてしもてごめんなって、蔵の方が謝ってくれる。
アタシが間違ってたからアタシの為に蔵は叱ってくれたのに、それでも全然痛みを感じない様に叩いてくれたのに。
蔵が謝る必要無いじゃん…そんな風にされると、泣きたくなる…。


『あんな、名前』

「、」

『俺は謙也ん事を否定したい訳やないし応援してるつもりなんやけど、ひとつだけ言いたい事があんねん』

「え?」

『名前は、何も知らん過ぎや』

「ど、どういう意味……?」

『財前のブログ読みなさい』

「光のブログ…?それならいつも見てるけど、」

『ちゃうよ。俺等が阿呆やってるっちゅうブログやないねん』

「、もうひとつあるって事?」

『俺が名前に言うてやれるのは此処までや。後は自分で頑張らなあかん。ちゃんと見て、知らなあかんと思う』

「………………」


“名前なら大丈夫やで”
蔵はポンポンと頭を撫でて伝票を片手に帰ってしまった。頭に感じたのはもう冷淡さなんか微塵も無い暖かい体温。それだけで信頼と情愛が伝う。


「…ちゃんと、見て、知らなきゃ、駄目なんだ」


今は蔵の言いたい事が何なのか分かんないけど光のブログを見ればきっと理解出来る。何を伝えようとしてくれてたのかそこに書いてある筈だよね。
ちょっと緊張はするけど深呼吸をして、アタシも店を出れば携帯を取り出した。

外は大分日が落ちてきた上に雪がちらついてて手がかじかむけど寒いなんて言ってられない。携帯画面に舞い落ちる雪を払ってはブログサイトで検索をした。
数多くあるサーバー、数多くあるブログ、何のキーワードも無くその中から探すのは難儀だけど自分でやらなきゃ駄目なんだよね?甘えてばっかしてないで、自分で知らなきゃ駄目なんだよね?そういう事でしょう…?


「とりあえずアタシが知ってる光のブログサーバーを…………あれ、」


“財前”“光”それでヒットしたものは明らかに他人のものだったけどローマ字打ちをしてみれば、ひとつ眼に止まるユーザー名があった。


「アタシの、誕生日…」


光という名前の後ろに続くスラッシュと数字。4桁の数字はアタシの誕生日と一致する。
確信は無いけど、これだ。これしか考えられない。こんな偶然、偶然じゃない。
その直感だけを信じ、直ぐ様ページを開いて古い記事から読み漁ると、そこにはアタシの記憶に残ってる思い出が違う形で書かれてた。


「……なに、これ、」


日を追う毎に、蔵の前では堪えられた涙が馬鹿みたいに溢れてくる。馬鹿みたいに止まんない。


「アタシ、本当に最低じゃんか……」


やっと気付けた事。
悔しくて、遣り切れなくて、切なくて。ボロボロ流れる雫石は空から落ちる雪と交わって頬っぺたに冷たい跡を残した。


(20110808)


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