君愛 | ナノ


 


 06.



あの人が笑うのは初めてじゃない。
だけど初めて、見た。


君を好きになった僕を
愛して下さい

captive.6 ハンバーガーと微笑み


『あーかーやっ』

「、わっ!」

『一緒に帰ろー?』


幸村部長の話しを聞いた後、頭の中は名前先輩と例の彼氏の事でいっぱいだった俺はテニスの練習なんか身にならないままラケットを振ってた。それこそ真田副部長に鉄拳を頂戴する事になりそうだったけど、思いの外そんな気配は全くで、理由を辿れば丸井先輩がコートの中でクッキーを食い漁ってたから、だったけど。

何とも言えない気持ちが絡まりに絡まってる間は部活時間もあっという間で気付けばもう帰宅時間。
無意識にトロトロぎこちない手付きで着替える俺へタックルという名前で飛び付いてきたのは悩みの種である本人だった。


「名前先輩…ちょっとは加減して下さいよーロッカーに頭ぶつけちゃったじゃないっすか!」

『ごめんごめん、赤也ならちゃんと受け止めてくれるって思ってたんだもん』

「受け止めて欲しいなら正面から来て下さい、はいドーゾ」

『さあ来いって言われると意地悪したくなるのがアタシの可愛いとこかなぁ?』

「嫌なら良いっすよ」

『拗ねない拗ねない!今日はアタシがハンバーガー奢ってあげるからさ、掃除のお詫びに』

「はい勿論許します!」


自分でも意外だった。
正直なとこ口でも引きつらせちまいそうだなって思ってたのに普通に喋ってる。すんなり言葉が出て来る事が、逆に、違和感ってもんだよ。
いつもなら、こんなやり取りして『やっぱ可愛い』とか『これだから憎めなくて好きなんだよこの人』とか恋呆けかますんだけどさ。流石にそこまでは、呆けてられなかった。


『んー美味しい!ハンバーガーとポテトの美味しさを何倍も楽しむ為に部活で身体動かしてるって言っても過言じゃないよね!』

「過言すよ!名前先輩はベンチか地べたに座って1年に用事押し付けてるだけじゃないっすか!まあ名前先輩はそれで良いけどさ」

『まあ失礼ね切原君てば!アタシが毎日どれだけ皆の事を考えて怪我が無い様に祈ってるのかも知らないんだね!』

「えーマジ?」

『マジだよー明日美容室行きたいなぁとかブン太のクッキー美味しそうだなぁとか』

「…………名前先輩可愛いっス」

『宜しい!』


注文したハンバーガーに噛り付いて適当な事ばっか言うとこだって好きなんスけどね。2人きりで寄り道出来た事だって幸せなんスけどね。
でも満たされないのは何でだと思いますか?


『ねえ赤也』

「うーん?」

『ゆっきーから聞いたんだってね』

「え、」

『平助の事』

「……………」


満たされない原因、喉に引っ掛かってた種、自らは触れられなかった問題。名前先輩から話してくれるなんて……思わなかったとは、言えなかった。何となくだけどそんな気がしたから。


『そうだなぁ、最近誰にも話してないし平助も寂しがってるかもしれないから想い出話しをしてあげる』

「…俺が聞いても良いんすか?」

『良いよー?減るモノじゃないし隠さなきゃいけない事だって無いもん』

「………………」

『平助はね、アタシが物心付いた時からずっと一緒だったんだ。あの時住んでたマンションが隣同士で誕生日だって隣同士の1日違い。兄妹みたいに育ってきたけど兄妹なんかじゃなくてね、自分で言うのもアレだけど……』


すっごく愛されてたんだ

俺の前じゃ見せた事もないその笑顔は本物で、手帳から彼氏の写真を取り出した名前先輩はハンバーガーを片手にしたまま心底幸せそうに愛しそうに眼を細めてた。


(20101105)


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