あの人と一緒に居れば満たされる。
俺だってそう思われたいのに。
君を好きになった僕を
愛して下さい
captive.2 届けたい
昼休み、教室でパンを頬張って名前先輩に会いに行こうと思った矢先、目の前にはニッコリ満面の顔をした幸村部長が立ってた。いつの間に、 何でそんな笑ってんの、言う間も無く真新しい雑巾を押し付けられて『掃除頑張って来いよ』とか。有無を言わせないあの人に無理だとか否定を口走る事も出来ずにパンを口に入れたまま必死な笑顔を向けて雑巾を受け取った。
「まじで無い無い!……はぁ、春だってのに風が冷たいぜ」
通り過ぎる教室はワイワイキャーキャー弁当食いながら面白可笑しく騒いでるってのに俺は雑巾と宜しくしなきゃいけないなんてあり得ねぇ。まさか朝言ってた事が本気だったとは思わなかった。休み時間返上で掃除だとか普通冗談だって思うじゃん。
俺は少しでも長く多くあの人の側に居たいのに、それ知ってて酷いすよ幸村部長。
「かったるいけどちゃんとやらなきゃ雑巾も部室も後でチェック入るんだろうな――、」
地面向けて垂れた頭を起こして部室のドアを開けると、窓から通り道が出来たお陰で強い風が髪をなびかせた。思わず眼を細めて顰めっ面になりそうだったけど、
「先輩…?」
一角にある幸村部長専用のソファで寝息を立てるあの人が見えて眉を上げた。
まだ昼休み始まったばっかなのに既に弁当は空で眠りも深そうな穏やかな顔して。いつから此処に居たんだよ。名前先輩の教室まで会いに行くつもりだったのにこんな所でかくれんぼすか?俺は掃除っていう使命があんのに良い気なもんすよねー。
あ、でももしかして…先輩が此処に居るって分かってたから幸村部長、敢えて俺に掃除しろって言ったんじゃ……な訳ねぇか。だけど前言撤回。幸村部長には感謝してますよ。だって俺ラッキーって幸せ感じますもん。
「…にしても、可愛過ぎ」
背もたれからはみ出して首が折れて、口だって少し開いたままで間抜け面なのに惚れた側から見れば無防備さが愛しくて。
頬っぺたに手を伸ばして人差し指を当てるとぶにっと音を立てて戻ってくるから超ウケる。この人こんなもち肌だったんだ。
「名前先輩ー」
何度も頬っぺたを突いて小さく吹き出すけど何の反応も無いのも寂しくて呼んだ名前。そろそろ起きて俺の相手でもしてくれません?そう込めると微かに上がった瞼から黒目が覗いて俺の視線とぶつかった。
「起きました?」
『……あかや、なにしてんの』
寝呆けた声で『あーそうじ?』なんて笑いながらまた眼を閉じようとするから寂しいのに加えて本気じゃない楽しい苛々まで込み上げてくる。一緒に暮らしてる訳でもないのに好きな人起こせるシチュエーションだとか滅多に無いじゃん。
「先輩起きて下さいよー」
『ん、あと2じかん』
「放課後なっちゃうじゃん」
『いいよー』
「良くないって!早く起きてくんないとキスしますよー」
『やだーあかやのけだものー』
相変わらず瞼は堅く閉じたままで薄ら笑いだけを浮かべてくる。
ねえ、それ可愛いから。可愛いって思ってるからこそ冗談じゃないって分かってます?
「名前先輩」
『なに』
「ちゃんと責任取るんでキスさせて下さい」
『へ?』
いい加減良いでしょ?1年間我慢したんだし。
今度はこっちが瞼を落としてゆっくり近付いたのに、
『これだから赤也は眼が離せないんだ』
「え、」
『寝込み襲うとは流石野性児じゃ、紳士にはなれんのう』
『っつーか掃除やってないだろぃ』
振り返らなくても分かる厭な声で時間が止まった気がした。
う、後ろ、向きたくない。
『あーブンちゃん!アタシにもチョコパン頂戴!』
『名前弁当食ってんじゃん』
『これ2限に食べたやつだから!もうお腹空いたもん』
『ハァ…丸1日サボる気だったのか名前は』
『まあまあ、幸村も怒らないで』
漸くハッキリ眼が覚めたらしい先輩に遅過ぎだって突っ込みたいのも我慢して、今の内に逃げ出したい気で居た俺だけど、それを制する様に右肩にはポンと誰かさんの手が乗っかった。
『ねえ赤也、名前に何しようとしてたんだ?』
「え、えっと…」
『別にね良いんだよ赤也が何をしてもどう思っても』
「あ、あの…」
『だけどなぁ。真っ白な雑巾の理由は聞かなきゃいけないだろ?』
幸村部長の変わらない笑顔を見て、やっぱりこの人が名前先輩と俺を2人きりにしてくれたなんて間違っても無いんだと思った。
(20100615)
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