あの瞬間、風が吹いて。
緑の葉が空へ舞った。
夏の空に君が咲く
bloom.12 一片、散る
“何も知らんからって、この場で言てええ事と悪い事があるやろ”
どうにか声を出そうと息を吸ってみたけど、俺の腕を引っ張って制止したのは今日を1番楽しみにしてた名前やった。簫々を押し殺した様な笑顔で首を振られるとそれ以上は何も言えへんくて。
俺が歓喜してるって勘違いしたらしい侑士達はこのまま家に寄ってくれ、なんて言うてたけど当然頷く事は出来ひんかった。
『ほな謙也。また時間ある時にゆっくり話ししよか…』
「お、おう…」
『じゃあ謙也クン、今日は簡単な挨拶しか出来なかったけど今度はご飯でも一緒に付き合ってやってね』
もう1人の“名前”はアイツと違って今風な綺麗めのお姉さんて感じで屈託なく幸せそうに笑った。せやけど眼を合わせる事すらキツいと思ってしもた俺は俯きがちに小さく頷くだけで。「またな」なんや、言えへんかってん。
ほんまは侑士も侑士の彼女も誰も悪ないのに。小さくなってく2人の背中を見送りながら険阻をぶつけられずには居れへんかったんや。
「……………」
『…ごめん、ね』
「え、」
『謙也君のが、つらそうな顔してるから…』
何で名前が謝んねん。つらいのはそっちやろ?俺は別にそんなんちゃう、名前が傷付いたんちゃうかって思ったから――
『本当はこうなるんじゃないかって思ってたんだ』
「な、何でや…?」
『だって侑士は、ずっとあの人が好きだったんだもん』
どういう、事やねん…。侑士が好きなんは今も昔ももう1人の“名前”?ほな名前は?
一緒に、住んでたんやろ?
もし別の女の子に甘えてたとしても他に好きな奴が居るなら同棲なんや……
『侑士があの人を好きだったから、アタシはあの人の名前を貰らえたんだよ』
「は……?」
『まだ侑士が片想いしてた時に、アタシは買われたんだ』
「買わ、れた?」
『アタシ、人間じゃなくてシマトネリコだから』
シマトネリコ……、観葉植物の、シマトネリコの事を言うてるん…?名前が?人やないって?
『ホームセンターで売れ残ってたアタシを買ってくれたのが侑士で、それから毎日一緒だった。陽が当たる窓辺に置いてくれて、時々ベランダにも出して水をくれたり。色んな話しも聞かせてくれたんだよ、あの人の事とか、好きな小説の事とか…』
「――――――」
それからポツポツと話しを続ける名前は感慨な柔らかい表示で、侑士をどれだけ想ってるんか改めて分かった気がする。
自分は話す事も出来ひんし、侑士に何をしてやれる訳でもない。せやのに毎日話し掛けてくれて嬉しかったんやって、植物っちゅう立場やのに名前まで貰えて幸せやったんやって。せやから、あの人と結婚するって聞けて、ほんまに良かったんやって。
相槌すら忘れてそれを聞き入ってた俺はあの時の言葉を過らせてた。
“太陽が好き”
あれは、良くも悪くも、深い意味が込められた嘘やない本当の話しやってん。
『謙也君、今まで有難う』
「、」
『アタシなんかの為にこんなに優しくしてくれる人が居るとは思わなかった。侑士も優しかったけど、謙也君は侑士と違うもっと…何だろう、ずっと一緒に居たいって思える人だったよ…?短い時間だったけど楽しかった』
「な、なんやねん、急に…」
『前に言ってくれたよね、好きな物を増やしてくれるって。あれが1番嬉しかった。謙也君に会えて、アタシは生きてた頃より幸せだったのかもしれないよね』
「なんで…そんな事、言うんや…」
そんなん遠回しにサヨナラって、言われてるみたいやんか。今まで有難うって、可笑しいやろ…?
『…言われてたんだ』
「、え?」
『神様なのか分かんないけど、アタシを人間の姿で幽霊にしてくれた人がね、誰かに本当の事を喋った時は、もう終わりだって』
「終わり、って、まさか、」
『これでお別れなのは寂しいけど、謙也君に嘘吐いてるみたいで嫌だったから……』
「名前、」
侑士も侑士やし、名前は名前でそんな勝手な話しあるか!今日離れるって、覚悟はしてたけどそれとこれとは別やんか!
名前が消えるなんや、聞いてへん……!
『謙也君、泣かないで』
「っ、」
『アタシの為になんか、泣かなくて良いから…』
「名前!あかん!名前が消える必要なんや無いねん!!」
『……………』
「名前!」
必死で差し伸べる手は届くどころかその身体を擦り抜ける。
掴めるくらい直ぐ傍に居るのに触れる事は許されへんで、少しずつ少しずつ、透明になってく身体。
『我儘ばっかり言って、迷惑掛けちゃって、ごめんなさい』
俺の視界から完全に消える前、名前はそう言って眼から涙を溢した。初めて見る泣き顔が、最後の姿って……
笑えへんやろ?
(20101220)
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