もし願い事が叶うんなら、
誰より彼女に笑って欲しかった。
夏の空に君が咲く
bloom.11 滲む視界、昼下がり
『侑士!久しぶり!少しくらい変わってるかなって思ったけど変わらないね、ちょっと髪が短くなったくらい?』
『本当はもっと早く会いに来ようと思ったんだけど迷子になっちゃったみたいでね、謙也君が助けてくれたんだよ、良い人だよね。従兄弟って事にも驚いたけど』
侑士に向けられた声は緊張したようで歓喜も込められてて、顔を見いひんでも分かる。名前が幸せに耽ってること。
俺との会話中、タイミング良く届いたメールに侑士は齧り付いてるけどそれでも良かったんや。例え自分の姿が相手の眼に映らへんでも、侑士に逢えた事だけで名前は、幸せやと思ってるんや…。
『あのね、アタシ、ずっと侑士にお礼が言いたくて…あの時は言えなかったけど、アタシと一緒に居てくれて有難う』
楽しかったんだよ
どれだけ言葉を並べたって侑士の耳には入らへん。眼も合わせられへん。
確かに俺には聞こえるのに、侑士はメールを打ち終えると携帯を綴じて俺を見る。名前を、通り越して。それが俺には耐えられへんかってん。
「侑士!!何でやねん!」
『は、なんや急に…』
「何でお前には見えへんのや…?何で、」
『け、謙也君、』
『何の話しやねん…意味分からへんけど』
「阿呆か!此処に居んねんで!?お前はもう名前ん事忘れてもうたんか…?」
『……名前?何で謙也が名前の事――』
憂愁な顔した名前が俺を制止しようとしてたけど、そんな事は構わず勢いのまま侑士の胸ぐらを掴みそうになるくらい突っ掛かると途端顔色が変わって。
やっぱり侑士やって名前ん事を忘れる訳無いねん、一瞬期待が過ったのに。
『侑士!ごめん遅くなった!』
「、」
『ほんま遅いわ…せっかく久しぶりに会う言うのに“名前ちゃん”は冷たいわ…』
『違うんだよ、久しぶりに会えるからこそ気合い入れすぎたっていうアレです』
“名前ちゃん”
向こうから駆け寄ってくる女の子に対して侑士の口からあり得へん名前が告げられた。
どういう事、やねん。名前と同じ名前…?
『あ、もしかしてそこに居るのが噂の謙也クン?』
『そやで。今日は何や変な事ばっか言いよるけど変なんはいっつもやしな…』
「や、侑士…その子、」
『今日会わせてビックリさせたろ思て黙ってたんやけどな、俺の彼女で“名前”っちゅうねん…来年結婚するんや』
『謙也クンとは親戚になるので宜しくお願いします!』
「――――」
そんなん、嘘やろ?俺が東京に来たのは名前を侑士に逢わせる為で、こんな話し聞きに来たんとちゃう。
俺が知ってる名前は、侑士と一緒に住んでて、侑士が忘れられへんくて、幽霊になった今やって侑士を想ってんのに…お前は同じ名前の違う女の子と結婚するって……?
あんまりやろ…?
「ゆ、侑士…笑えへん冗談やで…?」
『自分に彼女が居らへんからって僻むのは止めて欲しいわ…なぁ“名前”?』
あかん。その名前で呼ぶなや。
『俺等がサプライズで謙也に会いに行く計画もあってんけどな、ええタイミングで謙也が来てくれたもんやから“名前”を紹介出来て良かったわ』
うっさいねん!名前はアイツ1人でええんとちゃうんか!何も知らんとヘラヘラ笑いよって、アイツが今どんな気持ちで居るんか――……
声に出来ず口唇を震わせてると、隣で黙りしてた名前が侑士の傍へ足を進める。
『侑士、おめでとう…幸せになってね』
笑顔でそう言った名前を見れば俺は瞼が熱くなって視界が滲んだ。
侑士に逢わせたくないって思ってたくせにこんな結果になったって喜べへん。嫌やけど、ほんまに嫌やけど、名前と侑士が笑ってる結末を望んでたんや。名前が嬉しいって、幸せって、笑ってるとこを見たかった。
せやのに……。
やっぱり、逢わせるんやなかった。嗚咽を堪えながら眼を擦った昼下がり。
(20101216)
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