夏の空に君が咲く | ナノ


 


 13.



夢なら覚めないで欲しい。
だけど、夢なんかじゃない。


夏の空に君が咲く
bloom.13 青い空から光りが差す


触れられへんかった身体は半透明から無色透明になって俺の視界から消え失せた。
その瞬間、夏には珍しい突風とも言える激しい風が吹いて緑の葉を空へ散らした景色は、アイツが泣いてる様に見えたんや。


「………………」


それから数日。
名前と過ごした証拠となるものは俺の記憶しか無くて、形としては何ひとつ残ってへん現状に、あれは夢やったんかとさえ思えてくる。せやけど、俺は確かに名前に会った。話しもした。身体にも触れた。それは夢でも幻でもない真実やねん…。


『…謙也先輩』

「………………」

『ええ加減ムカつくんすわ、その呆けた不細工面』

「、あだ!あだだだだ!痛いわ何すんねん阿呆財前!!」

『せやからムカつく言うたやないすか。ツンボです?』


名前が居らへんなってから大学も行かず、掛かってくる電話も取らず、メールやってする訳がない引きこもりな生活をしてた俺を見兼ねて、心配してくれたらしい財前は家に上がり込んでた。ほんまに心配してたんか分からへんほどに相変わらず生意気で俺の頬っぺたを捻りながら摘んでくる。
これでも落ち込んでんねんからそっとしとけや!気が利かへん奴やなほんま。


『で、何でそんな腐ってるんです?合コンの話し回してもシカトやし何様なんですか』

「………………」

『はぁ…ほんま鬱陶しい人やな。余計湿度上がるっちゅう話しですわ』

「…………………」

『………、例の拾ったとか言うてた雌猫は何処居るんすか?』

「、」


何も話す気にはなれへんくて財前の言葉やって右から左やったのに。拾った雌猫、思わずその言葉に肩が跳ねた。
半信半疑どころか信用してへんかった口振りやったのに覚えてたんかあの話し……


『まさかとは思いますけど、その雌猫が何処かに逃げて病んでるっちゅうんなら殴ったりますけど?』

「っ、」

『は?本気ですか……』

「………………」


何処かに逃げた、強ち間違いやない。正しくは消えた、やけど。
何も知らんくせに確実に痛いとこを当ててくる財前が卑怯や。傷を抉ってるんと変わらへんやん…めちゃくちゃ心臓が、痛い。


『そろそろ全部吐いてもええんちゃうん、面倒臭い』

「……言うたって、無駄やし」

『そらそうや思うけど慰めのひとつやふたつ、言えるかもしれへんし』

「財前が言う訳無いわ…」

『正解』


ほんま何やねんこの男。自分から言い出した事くらい肯定しとけや…どうしようもない虚無感がただの嚇怒に変わるっちゅうねん!
からかいに来たんならとっとと帰れ!今すぐ帰れ!


『まあ冗談はええんで雌猫が何やって?』

「どうせ信じたりせえへんのやろうけど…」

『早よ言えやヘタレウザスター』

「新しいモンスターみたいな名前は止めろや」


意外としつこく尋ねてくる財前を相手にするのもそろそろ気が引けて、俺は名前に出会った事、名前と過ごした事、ゆっくりと全て打ち明けた。
記憶を辿って言葉にすれば尚更夢でしたとは片付けられへんくて、初めて会うた時の簫々な顔も、花火を見て笑った顔も、携帯を見て興味津々で驚いてた顔も……全部好きやったんや、って、思い知らされる。
たった数日の短い時間、それだけやのに俺にとってアイツが全てやって錯覚するほど、一緒に居られる事が幸せやってん。例え侑士しか見えてなくて、俺は良い人止まりやったとしても、名前が笑ってて存在してくれてるなら、それで良かったのに…。


『………………』

「…やっぱ信じられへんのやろ。嘘っぽい夢物語やからな、俺の妄想や思うならそれでええわ」

『…………………』


今度は俺やなく財前が黙りを貫く。話しをしてる間、茶化す事なく黙って聞いてくれたのは意外やったけど、そんな眉寄せて険阻な顔見せられたら。
俺の頭が可笑しいとか狂ってるとか思ってんねんやろ?
別にええねん。信じられへんでもええ。俺が信じてればそれで十分やねんもん。


「分かったならとっとと帰りや。俺は学校行く気にもなれへんし何もしたないねん。もう放ってお――」

『謙也先輩』

「な、なんや…」

『京都行くで』

「は、」

『ええから早よ行く言うてんねん』

「ちょ、財前!?」


俺の声を遮って何を言い出すかと思えば腕を引っ張ってきて京都とか。不可解過ぎる発言にこんな状況の俺でも突っ込みを入れたくなった。
せやけど財前は本気らしく、どれだけ止めたって聞く耳持たず、腕を払い除けようとしたって物凄い力で離してくれへん。適当な部屋着のまま新幹線に押し込まれた俺は、それ以降口を固く閉じた財前にされるがまま京都まで連れて来られるんやった。


「ほんま何がしたいんやお前は…」

『此処っすわ』

「、は?」


京都駅に着けばタクシーに乗って、暫くして降りた先には総合病院があった。まさか俺に精神科でも行けっちゅうんか?流石に馬鹿言うなやって怒鳴りたくなったけど、それなら京都まで来る必要は無い。
俺の家から徒歩5分の場所に病院があるんやから。せやったら何で……


『今まで話した事なかったんやけど、俺イトコが居るんですわ』

「、イトコくらい珍しいもんちゃうけど」

『俺の1コ上で、謙也先輩と同い年。産まれて直ぐに入院して原因不明な植物状態っちゅうやつで、最近意識を取り戻したって連絡があった』

「わ、悪いねんけど、ソレと俺とは何の関係も無い――」

『俺やって無いって思ってたし思いたかったけど思うざる得んやろ』


俺がアイツの話しをしてから財前は此処に連れて来た。そして俺に関係あるって思てしまう事。
それを考えれば、財前が向かう先には誰が待ってるんか、分かってしまう。
でも、そんなんあり得へんし、それこそ夢物語やんか…


『産まれてから意識が無いっちゅう事は精神年齢もその時のままやねん』


財前が話しを続けながら317号室の部屋まで来て立ち止まる。左手を取っ手に掛けて静かにドアが開けられるかと思うと緊張が走った。


『せやのにアイツは眼を開けた瞬間、開口一番に――』

「、」

『謙也君……?』


“謙也先輩の名前を呼んだんや”

財前の言葉が聞こえてた傍ら、もうひとつの見知った声と顔が眼に入る。白い布団に白い部屋、真っ白な空間に窓から注ぐ青い空の光りに包まれた彼女は俺が逢いたかった女の子そのものやった。


『け、謙也君が居るとか、アタシ、夢見てるのかな…』

「夢な訳、無いやろ…」

『本当に…?謙也君、なの?』

「……………」

『もう、会えないと思ってた、のに…』

「阿呆…それはこっちの台詞や…!」


逢いたかった、声にならへん声で喋る名前を確かめるみたいにただ思い切り抱き締めた。全身に感じる温度も、姿も声も、俺が好きやった名前そのもので眼の奥がツンとする。やっとまた、逢えたんや。ほんまに、名前なんや。

あんな、もし今でも侑士を想ってたとしても言うてええんかな。ずっと隣に居りたいんやって。侑士には渡したくないって。花火も一緒にやろって。せやけどな、それより先に言いたい事は決まってる。

好きやねん。


END.
(20101222)

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初めての謙也君単品で長編で、ファンタジーというかメルヘンというか、兎に角そんなお話しでしたが完結です。
最後までお付き合い頂けていたら嬉しいのですが「寒い!」と思われた方、ごめんなさい。
普段より連載期間が長くなってしまった気がしますが完結出来た事だけは自己満足と達成感で良かったです!
閲覧下さいました方、ありがとうございました!


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